此方は十六夜の蝶。
「すっ、すみません…!汗だけでも流そうと思って…っ、やめます、しっ、失礼いたしました…!」
「待て。……背中を向けているから、流していい」
「え…、でも…」
「なら、そちらを向いていたほうがいいのか」
「いいいいえっ!…背中、向けててもらえると…助かります…」
話術で勝とうと思うほうが馬鹿げている。
彼の生業でもあるのだから、ここは素直に言うことを聞くべきだ。
桶を手にして、お湯を数回だけ身体にかけた。
そうして再び浴室を出ようとすれば、2度目の「待て」が聞こえる。
「なにも流していいというのは、本当にそれだけのつもりで言ったのではない。……入ればいい、それだけだとかえって風邪を引くだろ」
そうか。
彼にとって私は抱く価値のない女なのだから、変な気など起こすはずもないんだ。
感覚としていえば、野良犬と一緒に湯を浴びているのと同じなのかもしれない。