此方は十六夜の蝶。
あの花街に居座る郎子が求める幸福の正体が、ただ会いに行くだけとは思えない。
だってそれは、あなたは自分のお金を使って私を呼び寄せているわけなのだから、逆に私にお金を払っている理解不能な制度だ。
実際は払う立場である私が、しかも太夫のあなたに払われるだなんて……。
「前払い、ということですか…?そんなお金、私は返せないです」
「返す必要なんかないさ。対価と言ったじゃないか。きみは俺と一緒に食事をして、笑ってくれるだけでいい。
あの遊郭のなかを一緒に散歩するだとか、それだけで俺にとって金以上の報酬だ」
私とは寝ないと断言されたようなもの。
お互いに身体を使うことはしないと、そういった幸福ではないと。
身体ではなく、心を満たすということ。
「どうして…、緋古那さんがそこまで……」
「それほど、俺にとってきみは特別ってこと」
地面に置いてあった握り飯を拾い上げ、私の手にしっかりと持たせてくれる。
持たせられたのは握り飯だけではなかった。