天使がくれた恋するスティック
第1章

第1話

 学校の放課後というのは、いつだって事件にあふれている。
それが高校二年生の新学期始まって早々ともなると、なおさらだ。
どんなに地味で平凡で目立たない女子にだって、そんな浮き足だった時期には、思いがけない事件に巻き込まれたりなんかもする。
もちろんそれが、自分であるとは限らないのだけれども……。



 私、持田美羽音は、北校舎と東校舎を結ぶ、日当たりの悪い渡り廊下奥の茂みに身を隠していた。
なぜこんなところでボキボキに小枝に刺さりながら痛みに耐えているのかというと、全ては友人、中島絢奈がワイヤレスイヤホンを落としてしまったことに端を発する。
彼女の誕生日プレゼントとして両親から買ってもらったばかりの最新ワイヤレスイヤホンを、校舎2階の窓から落としてしまったとあれば、探しにいかないワケにはいかない。
たとえそれを落としたのが、私ではなく絢奈自身であったとしてもだ。

 その落としてしまったワイヤレスイヤホンを手分けして探しているうち、事件に巻き込まれた。
放課後の校舎裏なんて、やっぱり一般人モブJKが不用意にうっかり立ち入っていい場所ではなかった。

「あの、4組の坂下くんですよね」

 そう言って彼に声をかけたのは、3組の知らない女の子だ。
「ちょっと話したいことがあるので、いいですか?」といいながら、いきなり彼を人気のないこの場に連れ込んできた。
ただならぬ気配を察知した私は、こうしてとっさに藪の中に飛び込んだってワケ。

「なんですか? てか、誰なの?」

 緊張で全身をカチコチに凍らせた彼女を前に、坂下透真は若干いらつき気味にウンザリとしたため息をつく。
背が高く色白でスラリとした体格のよい彼は、スポーツ万能成績優秀、キリッと引き締まった眉に黒目黒髪のアップバングスタイルという、誰も疑う余地のないイケメンだ。

「人違いなら帰るけど」
「あ、あの! 好きです。付き合ってください!」

 うわっ、いきなりいった! 
白い頬を真っ赤に染め勇気を振り絞った彼女に、憧れと尊敬とちょっぴり好奇の眼差しを向ける。
凄い。偉い。よく頑張った。頑張れ。
知らない人だけどその行動力に応援はする。
きっちりとブローされた髪に、しわひとつない制服。
きっと今日告白すると決めてから、ずっと緊張していたんだろうな。
顔だってかわいいし、背の釣り合いだって悪くない。
こんなかわいい子に告白されたら、女の子から学年人気ナンバーワンでも、きっとあっさりOKしてしまうんだろうな。
カップル誕生の瞬間を目の当たりにして、他人事ながら私の胸は緊張と興奮で高鳴り、全ての神経を耳にだけ集中させていた。

「入学した時から、ずっと坂下くんのことが気になってて……」
「あのさ。俺はあんたの顔も名前も知らないんだけど」
「お、お友達からお願いします」
「……。いや、無理ですね」

 彼はスクショした画面をそのまま貼り付けたような全く動かぬ表情で、自分に恋する女の子を見下ろした。

「告白されたことは黙っとくんで、そこは安心してください。保証します。だからこれからは必要のない限り、話しかけてこないでほしいんだけど」
「お友達からも、無理ってこと?」
「そうですね」
「……。そっか。分かった。邪魔してごめんね」

 彼女は震える体で小さくそう絞り出すと、パッと背を向けた。
古びたすのこを敷き詰めただけの渡り廊下を飛び越え、全力疾走で走り去る後ろ姿はどうしたって泣いているのに、彼にはそんなことは全く気にならないらしい。
聞こえているこちらまでウンザリするほどの長い息を吐いたかと思うと、ゆっくりと歩き始める。
ようやく隠れていたここから出られる。
そう思った瞬間、その無駄に長い足が私の目の前に立ち塞がった。

「でさ、こんなところでなにやってるワケ?」
「あ。バレてました?」
「藪に飛び込んだ瞬間が見えてたんだけど」

 あぁ、左様でございましたか。
隠れていた茂みの中から、もぞもぞと外へ這い出す。
とっさに飛び込んだおかげで、小枝に引っかかりまくった髪も制服もぼろぼろだ。
さすがにちょっと恥ずかしいし、体裁も悪いという自覚はある。

「さっき見たこと、黙っといてほしいんだけど」
「あぁもう。それはもちろんお間違いなく……」
「本当に?」

 信用ないな。
疑り深い目が、表情の動かない顔で見下ろす。
二年生になって初めて同じクラスになったばかりだ。
女子の間でイケメンと有名な彼のことは、こっちが一方的に噂レベルで知っていても、彼が完全モブな私のことを知らないのは当然か。
信用できないのも、当たり前なのかもしれない。

 外見はとてもよく整っている彼だ。
すれ違えば目で追うくらいのことはあった。
この人が仲のよい友達といる時は、この鉄仮面のような無表情も、柔らかく緩むことを知っている。
大きな荷物を持って教室を出入りする人を見かければ、男女関係なくさりげなく扉を開けて、気づかれなくてもこっそり待ってあげていることも。
他の人がぶつかって歪んだ机の列を、こっそり直していることも。
楽しそうに笑う澄んだ笑顔が、一度も私自身に向けられたことがなくても、そういうところは知っている。

「告白、断ったんだ」
「知らない人だったから」
「お友達も無理なの?」
「それが何か自分に関係ある?」

 まだ疑り深い目でこっちを見ている。
よくよく考えてみれば、彼と話すのはこれが初めてだったのかもしれない。

「あのさ。いくらなんでも、ちょっとあの言い方は失礼だったんじゃない?」
「なんで?」

 たとえ私自身が見ず知らずの女の子であっても、女子を泣かせるような男には黙っていられない。

「どうせお断りするにしたって、もうちょっとやり方ってもんがあるでしょ」
「やり方って、どんな?」

 高い鼻と涼しげな目元。
整い過ぎた顔は、見方によってはお高くとまっても見える。
女の子の間では何かと噂の絶えない彼も、実際に同じクラスになって身近に接してみれば、ちょっと顔がいいだけの普通の男の子だ。
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