天使がくれた恋するスティック
第2話
「自分のこと好きって言ってくれた人に対して、優しさとか気遣いってものがあってもよかったんじゃない?」
「気遣いって?」
「いや知りませんけど」
彼はまるで何かの間違い探しでもしているかのように私を見下ろした。
さっきまで低木の小枝だらけの中に無理矢理体を突っ込ませていたのだ。
緑のチェックが入った黒い制服のスカートは汚れていたし、地黒なおかっぱ頭の髪の毛だってくしゃくしゃだ。
「俺なりにちゃんとお願いしたつもりだったんだけど。他にどんな言い方すればよかった?」
「あんな態度で?」
彼は表情の読めない薄っぺらい顔のまま、わずかに首を傾け、何かを考え始めたようだ。
「えっと……。今日さっきここで見たことは、他でペラペラしゃべらないで、誰にも言わないでおいて……」
「私のことじゃなくて、告白の断り方のこと!」
「さっきの子、知ってる人?」
「いや」
「じゃあなんでそんなことが気になんの? そんな俺に興味あった?」
「別にないです」
とは断言したものの、女子の間では人気のある男の子だ。
身長と血液型。誕生月とクラスの出席番号はもちろん、入っている委員会だって知っている。
ヘンに探りを入れてるとかじゃなくって、そもそも同じクラスなワケだし?
「確か同じクラスだよね。しゃべったことないけど」
だけどこれらは、あくまで同じクラスだからこそ自然に知り得た情報であって、彼自身を知っていると言えることじゃない。
「あぁ。そうですね。クラスは一緒ですね」
「なんで敬語?」
「さぁ」
一瞬でも相手に引かれたと気づいたとたん、今度はこっちが恥ずかしくなる。
どうせ私は地味で目立たず、教室の隅っこで群れてるモブ女ですよ。
一世一代の告白を前に、準備万全整えてきたさっきの彼女と自分を比べたって仕方ないんだけど、今の私はボロボロだし。
それにしても、いくら顔はよくたってやっぱ性格悪くない?
ってゆーか有名人とか人気者とかモブとか雑魚とかそういう前に、ほぼほぼ初対面と言ってもいい人間に対して、人としての接し方ってゆーものがあるでしょ。
お互いにだけどさ。
「なんで俺がそんな怒られてんのか、さっぱり分からないんだけど」
「あのねぇ。私も人のこと言える立場じゃないんだけどさ……」
てゆーか、なんかこの人やっぱ感じ悪い。
なんでこんな話になったんだろ。
さっさと切り上げて早く帰りたい。
そもそも私みたいなのが、こんなクラスでも目立つ人気者としゃべってるなんて。
しかも男子。
もう人生で一生ありえない。
早くここから逃げ出したい。
そもそも私にこんな人としゃべる資格がない。
同じクラスにいても、現世と異世界の住人ほどの格差を自覚している。
王侯貴族と村人Aだ。
このままへらへら笑って謝って、何事もなかったみたいにこれまで通り、互いに空気な存在で……。
「ギイヤァァッッ!!」
突然上空からの不穏な叫び声に、パッと顔を上げた。
バタバタという強く翼を打ち付ける羽音と、必死の叫び声が耳をつんざく。
激しくもみ合う白と黒の塊が、遙か空の高いところから、目の前にドサリと落ちてきた。
「ヤメロこのクソカラス! ふざけんな、あっちいけや!」
背に白い翼を持つ小さな人が、カラスと格闘している。
カラスはこの辺りをナワバリとしている大型のカラスで、いつも校舎の高い所から登校してくる生徒たちを見下ろすボスだ。
うっかり弁当やパンを外に置いたままにしておくと、めざとくそれを見つけて奪いとることから、先生たちが何度も追い払おうと試みるも、一度も成功したことはない。
知能も高く罠はもちろん特定の人物には一切近寄らず、一人でいる弱そうな生徒を狙っては、手元の食料を奪い取るという犯行を繰り返していた。
校内での彼のテリトリーにうっかりはいり込もうなら、たとえ相手が人間でも容赦はない。
ギャアギャアと声高に叫び威嚇してくる大型のカラスに、誰もが恐れおののく存在だ。
「コレでもくらえ!」
そのカラスとほぼ同じくらいの大きさで、白い布で半身を覆い背中に翼をもった人は、腰に引っかけていた「すだち」ほどの大きさのりんごを手にとると、空に向かって勢いよくそれを放り投げた。
ボスの目的はそれだったのか、そのすだちサイズのりんごを追いかけ、真っ黒な翼を広げるとすぐさま空へ飛び立ってゆく。
「あーぁ。あのクソカラスめ。これだから最近の都会のカラスってヤツは。まぁ今日のところはこれくらいで許してやるか」
体に巻き付けている真っ白な布一枚の衣装は、泥だらけで所々破れてしまっている。
彼はブツブツと捨て台詞を吐きながら、身なりを整え始めた。
突然の出来事に私はもちろん、坂下くんも全然脳内処理が追いついていない。
「あ、あの……」
こっちに気づいているのかいないのか、私は愚痴をこぼし続ける彼におずおずと声をかけた。
「……。あ、見つかっちゃいました?」
白い翼を持った小さな人と、ようやく目が合った。
真っ白な肌に幼い男の子のような顔をしている。
金髪のくるくるした巻き毛に目の覚めるような青い目は……。
「え? もしかして本気で天使ってやつです?」
「あ、はい。マジ天使っす」
いたんだ本物。
彼はその小さな羽を羽ばたかせ、ふわりと宙に浮き上がった。
「あー。結構日本でも有名になっちゃいましたからねー。ほら、今やグローバル社会って常識じゃないですか。天使の世界も一部地域だけでは上手く回ってかないっていうか。あ、『グローバル社会』って言葉、今も使ってる?」
坂下くんと目を合わせる。
いつも冷静沈着で優等生な彼まで意識がショートしているのか、彼はよくしゃべる天使を呆然と見上げた。
「気遣いって?」
「いや知りませんけど」
彼はまるで何かの間違い探しでもしているかのように私を見下ろした。
さっきまで低木の小枝だらけの中に無理矢理体を突っ込ませていたのだ。
緑のチェックが入った黒い制服のスカートは汚れていたし、地黒なおかっぱ頭の髪の毛だってくしゃくしゃだ。
「俺なりにちゃんとお願いしたつもりだったんだけど。他にどんな言い方すればよかった?」
「あんな態度で?」
彼は表情の読めない薄っぺらい顔のまま、わずかに首を傾け、何かを考え始めたようだ。
「えっと……。今日さっきここで見たことは、他でペラペラしゃべらないで、誰にも言わないでおいて……」
「私のことじゃなくて、告白の断り方のこと!」
「さっきの子、知ってる人?」
「いや」
「じゃあなんでそんなことが気になんの? そんな俺に興味あった?」
「別にないです」
とは断言したものの、女子の間では人気のある男の子だ。
身長と血液型。誕生月とクラスの出席番号はもちろん、入っている委員会だって知っている。
ヘンに探りを入れてるとかじゃなくって、そもそも同じクラスなワケだし?
「確か同じクラスだよね。しゃべったことないけど」
だけどこれらは、あくまで同じクラスだからこそ自然に知り得た情報であって、彼自身を知っていると言えることじゃない。
「あぁ。そうですね。クラスは一緒ですね」
「なんで敬語?」
「さぁ」
一瞬でも相手に引かれたと気づいたとたん、今度はこっちが恥ずかしくなる。
どうせ私は地味で目立たず、教室の隅っこで群れてるモブ女ですよ。
一世一代の告白を前に、準備万全整えてきたさっきの彼女と自分を比べたって仕方ないんだけど、今の私はボロボロだし。
それにしても、いくら顔はよくたってやっぱ性格悪くない?
ってゆーか有名人とか人気者とかモブとか雑魚とかそういう前に、ほぼほぼ初対面と言ってもいい人間に対して、人としての接し方ってゆーものがあるでしょ。
お互いにだけどさ。
「なんで俺がそんな怒られてんのか、さっぱり分からないんだけど」
「あのねぇ。私も人のこと言える立場じゃないんだけどさ……」
てゆーか、なんかこの人やっぱ感じ悪い。
なんでこんな話になったんだろ。
さっさと切り上げて早く帰りたい。
そもそも私みたいなのが、こんなクラスでも目立つ人気者としゃべってるなんて。
しかも男子。
もう人生で一生ありえない。
早くここから逃げ出したい。
そもそも私にこんな人としゃべる資格がない。
同じクラスにいても、現世と異世界の住人ほどの格差を自覚している。
王侯貴族と村人Aだ。
このままへらへら笑って謝って、何事もなかったみたいにこれまで通り、互いに空気な存在で……。
「ギイヤァァッッ!!」
突然上空からの不穏な叫び声に、パッと顔を上げた。
バタバタという強く翼を打ち付ける羽音と、必死の叫び声が耳をつんざく。
激しくもみ合う白と黒の塊が、遙か空の高いところから、目の前にドサリと落ちてきた。
「ヤメロこのクソカラス! ふざけんな、あっちいけや!」
背に白い翼を持つ小さな人が、カラスと格闘している。
カラスはこの辺りをナワバリとしている大型のカラスで、いつも校舎の高い所から登校してくる生徒たちを見下ろすボスだ。
うっかり弁当やパンを外に置いたままにしておくと、めざとくそれを見つけて奪いとることから、先生たちが何度も追い払おうと試みるも、一度も成功したことはない。
知能も高く罠はもちろん特定の人物には一切近寄らず、一人でいる弱そうな生徒を狙っては、手元の食料を奪い取るという犯行を繰り返していた。
校内での彼のテリトリーにうっかりはいり込もうなら、たとえ相手が人間でも容赦はない。
ギャアギャアと声高に叫び威嚇してくる大型のカラスに、誰もが恐れおののく存在だ。
「コレでもくらえ!」
そのカラスとほぼ同じくらいの大きさで、白い布で半身を覆い背中に翼をもった人は、腰に引っかけていた「すだち」ほどの大きさのりんごを手にとると、空に向かって勢いよくそれを放り投げた。
ボスの目的はそれだったのか、そのすだちサイズのりんごを追いかけ、真っ黒な翼を広げるとすぐさま空へ飛び立ってゆく。
「あーぁ。あのクソカラスめ。これだから最近の都会のカラスってヤツは。まぁ今日のところはこれくらいで許してやるか」
体に巻き付けている真っ白な布一枚の衣装は、泥だらけで所々破れてしまっている。
彼はブツブツと捨て台詞を吐きながら、身なりを整え始めた。
突然の出来事に私はもちろん、坂下くんも全然脳内処理が追いついていない。
「あ、あの……」
こっちに気づいているのかいないのか、私は愚痴をこぼし続ける彼におずおずと声をかけた。
「……。あ、見つかっちゃいました?」
白い翼を持った小さな人と、ようやく目が合った。
真っ白な肌に幼い男の子のような顔をしている。
金髪のくるくるした巻き毛に目の覚めるような青い目は……。
「え? もしかして本気で天使ってやつです?」
「あ、はい。マジ天使っす」
いたんだ本物。
彼はその小さな羽を羽ばたかせ、ふわりと宙に浮き上がった。
「あー。結構日本でも有名になっちゃいましたからねー。ほら、今やグローバル社会って常識じゃないですか。天使の世界も一部地域だけでは上手く回ってかないっていうか。あ、『グローバル社会』って言葉、今も使ってる?」
坂下くんと目を合わせる。
いつも冷静沈着で優等生な彼まで意識がショートしているのか、彼はよくしゃべる天使を呆然と見上げた。