天使がくれた恋するスティック
第3話
だから名前を呼ばれた回数を数えていることも、すれ違った瞬間に息を止めることも、スマホの通知音にいちいち身構えることもなかった。
私が彼を好きになったのは、あのスティックのせいであって、自分の意志じゃない。
そんなの本当に恋って言える?
「だから『友達』って言えるようになっただけ、進展はしてるんじゃない? それならあのスティックの効果は、あったって言えるのかも」
そうやって考えないと、私自身が報われない。
何を考えてるのか全く読めない彼の口元が、不意にフッと緩んで微笑んだ。
「じゃあ俺と持田さんは、お友達からってやつだ」
もう泣きそう。
やっぱり「お友達」だった。
こんなのフラれる時の決まり文句じゃない。
それなのに、私は彼の表情が柔らかく緩むこの瞬間を見るのが、何よりも一番好きになってしまったのだろう。
「あぁ、そうかもね」
「じゃ、これから正式にお願いします」
完璧な笑顔を浮かべ、彼は手を差し出した。
握手をもとめてくれるの?
この私に?
仕方なくそっと指の先だけで彼の手に触れると、彼は自分の指を絡める。
一度だけぎゅっと握られたそれは、すぐに離れた。
「これからよろしく」と言って微笑んだ彼に、「ヘンなの」と言って笑う。
誰かと友達になる時って、こんな挨拶必要だったっけ?
穏やかに微笑む彼の姿は、笑っているのに何を考えているのか分からない。
遠くから眺めて楽しんでいたものに、こんなに苦しめられるなんて、知らなかった。
「別にヘンじゃないでしょ。友達なんだから。それとも俺とは、友達にもなれない?」
「なれる。それはなれるよ!」
「よかった」
少し照れたように、困ったようにはにかむこの人の仕草一つ一つに、全神経が集中する。
どうしたって目が離せない。
だけどこれは、本当に私の気持ち?
「そういえばさ。ずっと聞こうと思ってたんだけど、持田さんのアイコンって、扇風機なの?」
「え? なんで?」
「なんでって、こっちが聞いてるんだけど」
そんなどうでもいいこと、今はどうだっていいのに。
なんかもっと大事なことを考えなくちゃいけない気がするのに、彼に話をはぐらかされたみたいだ。
「友達になったんだから、聞いてもいいかなって」
少し照れたようにうつむく彼を見上げる。
こんなこと聞くのが、なんで恥ずかしいんだろ。
別に普通に聞いてくれたらいいのに。
「……。かわいかったから」
「俺はそういうのって、本気で分かんないんだよね」
彼は軽すぎるため息を盛大につくと、天井を見上げた。
「女子ってさ、もう絶対にソレは違うだろっていうワケわかんないものにも、カワイイって平気で言っちゃうよな。なんで? 理解出来ない」
「どうしてよ! ちょっと変わった形してんのとか、めっちゃかわいいし。見てこの丸くカーブしたフォルムと、絶妙なバランス!」
「いやこれ扇風機だし。てかどこに置いてんの?」
「自分の部屋の、机の上」
握っていたスマホを開く。
一緒にのぞき込もうとする坂下くんの顔が、ぐっと近づいた。
彼の指が画面に触れ、私のアイコンである扇風機を拡大する。
「そういうの、聞いてよかったの?」
「なんで?」
至近距離で目が合う。
鼻先同士が触れ合いそうなくらいの距離だ。
あぁ。こういうのが、「友達」っぽいっていうのか。
全く意識してない感じ。
だから「友達」なのか。
「女の子の部屋だから。いちおう……」
「別に関係なくない?」
「か、関係ないことはないけど……。まぁ、持田さんがいいなら、それでもいいよ」
彼はかがみ込んでいた背を伸ばす。
真っ赤になったのを見せないようにするためだったのかもしれないけど、それじゃ隠せてないよ。
「もう帰るでしょ」
「うん」
「じゃあ途中まで一緒帰ろう」
そっか。
出来る男は友達でも「女の子」扱いしてくれるのか。
だからきっと他の女子からも、モテるんだろうな。
歩き出した彼の歩幅に合わせて、私も歩き出す。
体操服って明日いるっけーなんて話をしながら、普通に一緒に教室へ戻って行けるのは、友達になったから。
帰り支度をする彼の隣で机に座って、足をぶらぶらさせながら「さっき何しに上の階行ってたのー」なんて、気軽に聞いてる。
帰り支度を済ませた彼が、肩にサブバックを引っかけた。
「持田さんお待たせ。早く行こ」
放課後の教室は閑散としていて、でも他に誰もいなかったわけじゃなくて、残っていた数人のうちの誰かは、こっちを気にして見てたのかもしれない。
それでも友達だから、普通にしてていいんだ。
「数Aの佐枝先生がさー……」
彼の方が先に階段を下りてゆくから、いつも見上げてる頭が自分の目線より低い。
このつんつんした髪はどうやってセットしてるんだろうって、ずっと思ってた。
いつもより少し歩くのが速い彼に、これ以上離されないよう小走りでおいかけたら、踊り場で歩調を合わせてくれた。
階段を下りてから靴箱までは、いつものようにゆっくり歩いてくれる。
「なに? さっきからこっち見てるけど。俺の顔になんかついてる?」
「髪、どうやってセットしてんのかなって」
「え? いや。フォームつけて手でくしゃくしゃってしてるだけ」
二人でこんな話してるなんて、夢みたい。
「持田さんの俺への興味って、そういう感じなの?」
「聞いちゃダメだった?」
「いや別に……」
「友達なんでしょ?」
「友達だね」
そう言ってムスッとしたちょっぴり不満そうな横顔も、のっぺりした無表情よりずっといい。
最近は今までよりずっと、彼の色んな所を知れたような気がする。
玄関前エントランスに植えられた開校記念樹の風に揺れる葉音が、青い空に静かに透けてゆく。
今ならこんな風に透明な気持ちのまま、この人に聞ける気がした。
私が彼を好きになったのは、あのスティックのせいであって、自分の意志じゃない。
そんなの本当に恋って言える?
「だから『友達』って言えるようになっただけ、進展はしてるんじゃない? それならあのスティックの効果は、あったって言えるのかも」
そうやって考えないと、私自身が報われない。
何を考えてるのか全く読めない彼の口元が、不意にフッと緩んで微笑んだ。
「じゃあ俺と持田さんは、お友達からってやつだ」
もう泣きそう。
やっぱり「お友達」だった。
こんなのフラれる時の決まり文句じゃない。
それなのに、私は彼の表情が柔らかく緩むこの瞬間を見るのが、何よりも一番好きになってしまったのだろう。
「あぁ、そうかもね」
「じゃ、これから正式にお願いします」
完璧な笑顔を浮かべ、彼は手を差し出した。
握手をもとめてくれるの?
この私に?
仕方なくそっと指の先だけで彼の手に触れると、彼は自分の指を絡める。
一度だけぎゅっと握られたそれは、すぐに離れた。
「これからよろしく」と言って微笑んだ彼に、「ヘンなの」と言って笑う。
誰かと友達になる時って、こんな挨拶必要だったっけ?
穏やかに微笑む彼の姿は、笑っているのに何を考えているのか分からない。
遠くから眺めて楽しんでいたものに、こんなに苦しめられるなんて、知らなかった。
「別にヘンじゃないでしょ。友達なんだから。それとも俺とは、友達にもなれない?」
「なれる。それはなれるよ!」
「よかった」
少し照れたように、困ったようにはにかむこの人の仕草一つ一つに、全神経が集中する。
どうしたって目が離せない。
だけどこれは、本当に私の気持ち?
「そういえばさ。ずっと聞こうと思ってたんだけど、持田さんのアイコンって、扇風機なの?」
「え? なんで?」
「なんでって、こっちが聞いてるんだけど」
そんなどうでもいいこと、今はどうだっていいのに。
なんかもっと大事なことを考えなくちゃいけない気がするのに、彼に話をはぐらかされたみたいだ。
「友達になったんだから、聞いてもいいかなって」
少し照れたようにうつむく彼を見上げる。
こんなこと聞くのが、なんで恥ずかしいんだろ。
別に普通に聞いてくれたらいいのに。
「……。かわいかったから」
「俺はそういうのって、本気で分かんないんだよね」
彼は軽すぎるため息を盛大につくと、天井を見上げた。
「女子ってさ、もう絶対にソレは違うだろっていうワケわかんないものにも、カワイイって平気で言っちゃうよな。なんで? 理解出来ない」
「どうしてよ! ちょっと変わった形してんのとか、めっちゃかわいいし。見てこの丸くカーブしたフォルムと、絶妙なバランス!」
「いやこれ扇風機だし。てかどこに置いてんの?」
「自分の部屋の、机の上」
握っていたスマホを開く。
一緒にのぞき込もうとする坂下くんの顔が、ぐっと近づいた。
彼の指が画面に触れ、私のアイコンである扇風機を拡大する。
「そういうの、聞いてよかったの?」
「なんで?」
至近距離で目が合う。
鼻先同士が触れ合いそうなくらいの距離だ。
あぁ。こういうのが、「友達」っぽいっていうのか。
全く意識してない感じ。
だから「友達」なのか。
「女の子の部屋だから。いちおう……」
「別に関係なくない?」
「か、関係ないことはないけど……。まぁ、持田さんがいいなら、それでもいいよ」
彼はかがみ込んでいた背を伸ばす。
真っ赤になったのを見せないようにするためだったのかもしれないけど、それじゃ隠せてないよ。
「もう帰るでしょ」
「うん」
「じゃあ途中まで一緒帰ろう」
そっか。
出来る男は友達でも「女の子」扱いしてくれるのか。
だからきっと他の女子からも、モテるんだろうな。
歩き出した彼の歩幅に合わせて、私も歩き出す。
体操服って明日いるっけーなんて話をしながら、普通に一緒に教室へ戻って行けるのは、友達になったから。
帰り支度をする彼の隣で机に座って、足をぶらぶらさせながら「さっき何しに上の階行ってたのー」なんて、気軽に聞いてる。
帰り支度を済ませた彼が、肩にサブバックを引っかけた。
「持田さんお待たせ。早く行こ」
放課後の教室は閑散としていて、でも他に誰もいなかったわけじゃなくて、残っていた数人のうちの誰かは、こっちを気にして見てたのかもしれない。
それでも友達だから、普通にしてていいんだ。
「数Aの佐枝先生がさー……」
彼の方が先に階段を下りてゆくから、いつも見上げてる頭が自分の目線より低い。
このつんつんした髪はどうやってセットしてるんだろうって、ずっと思ってた。
いつもより少し歩くのが速い彼に、これ以上離されないよう小走りでおいかけたら、踊り場で歩調を合わせてくれた。
階段を下りてから靴箱までは、いつものようにゆっくり歩いてくれる。
「なに? さっきからこっち見てるけど。俺の顔になんかついてる?」
「髪、どうやってセットしてんのかなって」
「え? いや。フォームつけて手でくしゃくしゃってしてるだけ」
二人でこんな話してるなんて、夢みたい。
「持田さんの俺への興味って、そういう感じなの?」
「聞いちゃダメだった?」
「いや別に……」
「友達なんでしょ?」
「友達だね」
そう言ってムスッとしたちょっぴり不満そうな横顔も、のっぺりした無表情よりずっといい。
最近は今までよりずっと、彼の色んな所を知れたような気がする。
玄関前エントランスに植えられた開校記念樹の風に揺れる葉音が、青い空に静かに透けてゆく。
今ならこんな風に透明な気持ちのまま、この人に聞ける気がした。