天使がくれた恋するスティック
第5話
「それは二人の秘密だけど、私も仲間に入れてくれるんだ」
「だって友達からのけ者にされるの、俺だって寂しいし」
坂下くんの操るキャラが、敵からの大ダメージを受けた。
絢奈はすぐに味方全体に回復魔法をかける。
「そっか。透真は寂しかったんだ」
絢奈はのんきに笑っている。
次は私の行動ターン。
次のボスキャラからの大攻撃に備え、防御力アップの効果をチームにつけた。
まだ敵のHPは半分も削れていない。
「俺も仲間に入れてくれる?」
「別にいつでもいいよ。好きに話しかけてきて」
ようやくボスを倒したと思ったら、予定通り第二形態に移行した。
パワーアップした敵から強烈な先制の一打を受ける。
味方全員が、一気に瀕死状態にさせられた。
「そう思ったからさ、だから俺も、思い切って話しかけてみた」
「そっか」
すぐに回復しないと間に合わないのに、凶悪なドラゴンと化したボスが火を吹いた。
灼熱の炎に煽られ、あっさりゲームオーバーを迎える。
「うわ。やられた」
「つよ」
「てかコレ、絶対勝てない仕様だよね」
「分かるー」
坂下くんと絢奈は、さっさと戦闘画面から自分のホーム画面に戻って、今回得られた報酬と自キャラの装備について話し始めている。
私はせっかく坂下くんとレイドバトルが出来たのに、負けてしまって情けないのと申し訳ないのとでいっぱいだった。
「ご、ゴメンね。負けちゃって」
「え、美羽音のせいじゃなくない? つーか、めっちゃ強いから普通のプレイヤーじゃ勝てないよ」
絢奈はそう言ってくれたけど、坂下くんからの返事はない。
彼は相変わらずスマホ画面から目を離さず言った。
「ねーさー。絢奈は翼のヘッドギアつけてんだ」
「そう。攻撃魔法の飛距離が伸びるからね。そういう透真は、土の能力型なんだ」
「変えたいなーとは思ってんだけどねー」
早速の「絢奈」「透真」呼びだ!
二人の順応スピードについていけない。
「美羽音は物理攻撃特化なんだ。あはは。なんかそんなイメージあるよね」
笑われた。
坂下くんに笑われた。
純粋にゲームの話で笑ってるだけなのに、死にそうなほど恥ずかしい。
この人に笑われるくらいなら、さっきの凶悪なドラゴンに骨まで焼かれた方がマシだ。
「そんなの、物理一択に決まってるでしょ」
「うん。物理も強いよね」
彼は机に肘を突き、その手の上に顎を乗せた。
こっちを見て、にこっと微笑む。
そんな風に笑えば、全部許されると思ってるでしょ。
まぁ許すけど。
絢奈はあれこれ坂下くんに質問して、彼はにこにこと楽しそうに彼女と話している。
ゲームの話だけじゃなくって、誰と仲がいいとか、最近見た動画とか、好きなミュージシャンの話とか。
私はすぐ隣に座って同じ輪の中に居ながら、2人の会話を永遠に聞きながら相槌を打っているだけだ。
「そろそろ帰ろうか」
いつまでも続くと思っていた時間を、あっさりと終わらせたのは坂下くんだった。
スマホを制服スラックスの後ろポケット入れると、立ち上がる。
「あーホントだね。もう帰らないと」
絢奈まで当たり前のように鞄を持つと、彼の隣に並んだ。
「美羽音。なにやってんの」
「え?」
「さっさと帰るよ。なんか他に用事あった?」
「ないです」
慌ててバタバタと荷物をまとめる。
絢奈は凄い。
なんでこんなにあっさりと彼と馴染めるんだろう。
私は今でも全然上手くしゃべれないのに、普通に出来てるのスゴすぎ。
尊敬する。
「お待たせー」
教室を出る。
流れ的に、このまま3人で一緒に駅まで帰るんだよね。
私は全然彼とは話せなくて、だから今度は、絢奈が坂下くんと仲良くなって、その前から私の方が先に仲良くなってたのに、でも私よりこの人と仲いい人は他にも沢山いて……。
「じゃ、私今日こっちだから」
靴箱を出たところで絢奈はそう言うと、あっさりと手を振り私たちに背を向けた。
「え! ちょっと待って、なんで?」
彼女の腕にしがみつく。
絢奈の乗る電車は、私と同じ路線の反対側だ。
だから駅まではいつも一緒に帰ってる。
「今日も歯医者」
「また?」
「時間あったから、ゲームに付き合ってただけだし」
「本気で?」
「本気だよ」
彼女は坂下くんにも、普通に上機嫌で手を振る。
「じゃあね! また明日」
「おう。またな」
二人きりにされちゃった。
こんなところを学校で他の人に見られたらどうしようとか、もう話すこと残ってないとか、はしゃいでいいのか、困っていいのかが分からない。
私は本当に、このまままた彼の隣を歩いていいの?
「どした?」
先に歩き出した彼が、私を振り返った。
「ううん。なんか最近、一緒に帰るの多いなって」
「そうだっけ」
「そうだよ」
放課後の喧騒が辺りを包み込む。
サッカー部の掛け声と吹奏楽部の奏でるトランペットの音が、やたら頭に響いて仕方がない。
話したいことは沢山あるけど、それを聞いたら一生後悔しそうな気もしてる。
「……。俺と帰るの、イヤだった?」
「ちがっ、そういうことじゃなくて……」
「友達になったんだからさ、ちゃんと友達でいてよ」
目の前にそびえたつ、彼の背中を見上げる。
そこから彼の方が先に一歩を踏み出したのか、私の足が立ち止まってしまったのかは分からない。
「そうだよね。友達だもんね」
「うん。友達」
やっと分かった。
どうして彼といるのが、こんなに苦しいのか。
彼には刺さったスティックの影響は、本当に何にもなくて、魔法にかかったのは、自分だけだからだ。
私は彼に恋をした。
だけど好きになったのは私だけ。
どうしてあの時私はあそこにいたんだろう。
あそこで偶然鉢合わせなければ、そしたら今まで通り、この人は遠い存在だったのに。
あんなスティック、刺さらなけばよかった!
「あれ? どうかした?」
立ち止まった私を、彼は心配そうにのぞき込む。
目から滲み出した何かを拭った。
「なんか、ゴミが目に入ったみたい」
「そうなの? 洗ってくる?」
「大丈夫。もう取れたから」
バカみたいに愛想笑いを浮かべて、この場を誤魔化す。
それを素直に信じてくれるから、やっぱりこの人はいい人なんだと思う。
私が好きになっちゃうくらい、いい人なんだ。
「あんなことがあってさ、私が坂下くんのこと好きなのかもって、変に考えないでほしい。気にしなくていいから。今まで通り友達でいて」
「……。そうだよね。いきなりあんなことになって、いきなり『好きになりました』って、そんなことあるわけないよな。困るし。お互いに」
「好きとか嫌いとかそういうことって、操るのも操られるのも間違ってると思う」
「当たり前だよ。俺だってそう思ってるから」
「私もこうやって、普通に話してもらえてるだけ、ありがたいと思ってる」
嫌がられたって避けられたって、おかしくはなかった。
彼の表情がキュッと引き締まる。
「俺は……。ずっと嫌われてんだろうなって、思ってた。同じクラスでも、話しかけ辛かったし。男なんて全然興味ないみたいな感じで」
夏が始まろうとしている空はどこまでも澄んでいて、私もこのまま、その青に吸い込まれてしまいたい。
そしてこのままいっそ、本当に消えてなくなればいいのに。
「美羽音とあんなことがあって、本当に突然俺のこと好きになったんだとか、そんなこと全然思ってないし。そんな甘いもんでもないよな。誰かを好きになるって。だからゆっくりでいいから、これから友達として、仲良くしていけたらいいなって思ってる」
「ありがとう」
「じゃ、また。夜にメッセ入れる」
ごちゃごちゃした駅前はいつもごみごみしてるくせにそこそこ大きな駅で、私と彼の乗る電車は違う路線だから、ここでは予定通りなんの違和感もなくいつも通りのバイバイできれいに別れる。
「またね」
告白してフラれても、お友達からよろしくなんて、絶対ウソ。
そんなことするくらいなら、きれいさっぱり断ればいい。
お友達からお願いしますなんて、そんな惨めなこと出来る?
夜にメッセ?
そんなもの送ってくるくらいなら、無視してくれた方がいい。
彼の背中が見えなくなるまで見送って、自分の改札をくぐる。
ふらふらと足だけ動かして、ホームへの階段を上った。
だけど本当に彼から無視されたら、自分が本気で死にそうになることなんて、自分が一番よく分かってる。
はっきり「友達」と言われた以上、フラれたのと同じだ。
告白してもないのに、一方的に好きになって、そうだと気づかれないうちにフラれるのも、結構キツいな。
だから恋愛なんてしたくなかったのに、なんでわざわざこんな思いしに行かなきゃなんないんだろう。
彼の考えていることなんて、私にはなんにも分からないから、そのまま何も言わず手を振って別れた。
「これでよかったの?」
そんな疑問と後悔がぐるぐる頭を回るけど、結局答えなんてどこにもない。
帰宅ラッシュで混雑する駅に、サッと電車が流れ込んでくる。
ごたごたした人込みをかき分けそれに乗り込むと、私は電車に揺られようやく帰宅の途についた。
「だって友達からのけ者にされるの、俺だって寂しいし」
坂下くんの操るキャラが、敵からの大ダメージを受けた。
絢奈はすぐに味方全体に回復魔法をかける。
「そっか。透真は寂しかったんだ」
絢奈はのんきに笑っている。
次は私の行動ターン。
次のボスキャラからの大攻撃に備え、防御力アップの効果をチームにつけた。
まだ敵のHPは半分も削れていない。
「俺も仲間に入れてくれる?」
「別にいつでもいいよ。好きに話しかけてきて」
ようやくボスを倒したと思ったら、予定通り第二形態に移行した。
パワーアップした敵から強烈な先制の一打を受ける。
味方全員が、一気に瀕死状態にさせられた。
「そう思ったからさ、だから俺も、思い切って話しかけてみた」
「そっか」
すぐに回復しないと間に合わないのに、凶悪なドラゴンと化したボスが火を吹いた。
灼熱の炎に煽られ、あっさりゲームオーバーを迎える。
「うわ。やられた」
「つよ」
「てかコレ、絶対勝てない仕様だよね」
「分かるー」
坂下くんと絢奈は、さっさと戦闘画面から自分のホーム画面に戻って、今回得られた報酬と自キャラの装備について話し始めている。
私はせっかく坂下くんとレイドバトルが出来たのに、負けてしまって情けないのと申し訳ないのとでいっぱいだった。
「ご、ゴメンね。負けちゃって」
「え、美羽音のせいじゃなくない? つーか、めっちゃ強いから普通のプレイヤーじゃ勝てないよ」
絢奈はそう言ってくれたけど、坂下くんからの返事はない。
彼は相変わらずスマホ画面から目を離さず言った。
「ねーさー。絢奈は翼のヘッドギアつけてんだ」
「そう。攻撃魔法の飛距離が伸びるからね。そういう透真は、土の能力型なんだ」
「変えたいなーとは思ってんだけどねー」
早速の「絢奈」「透真」呼びだ!
二人の順応スピードについていけない。
「美羽音は物理攻撃特化なんだ。あはは。なんかそんなイメージあるよね」
笑われた。
坂下くんに笑われた。
純粋にゲームの話で笑ってるだけなのに、死にそうなほど恥ずかしい。
この人に笑われるくらいなら、さっきの凶悪なドラゴンに骨まで焼かれた方がマシだ。
「そんなの、物理一択に決まってるでしょ」
「うん。物理も強いよね」
彼は机に肘を突き、その手の上に顎を乗せた。
こっちを見て、にこっと微笑む。
そんな風に笑えば、全部許されると思ってるでしょ。
まぁ許すけど。
絢奈はあれこれ坂下くんに質問して、彼はにこにこと楽しそうに彼女と話している。
ゲームの話だけじゃなくって、誰と仲がいいとか、最近見た動画とか、好きなミュージシャンの話とか。
私はすぐ隣に座って同じ輪の中に居ながら、2人の会話を永遠に聞きながら相槌を打っているだけだ。
「そろそろ帰ろうか」
いつまでも続くと思っていた時間を、あっさりと終わらせたのは坂下くんだった。
スマホを制服スラックスの後ろポケット入れると、立ち上がる。
「あーホントだね。もう帰らないと」
絢奈まで当たり前のように鞄を持つと、彼の隣に並んだ。
「美羽音。なにやってんの」
「え?」
「さっさと帰るよ。なんか他に用事あった?」
「ないです」
慌ててバタバタと荷物をまとめる。
絢奈は凄い。
なんでこんなにあっさりと彼と馴染めるんだろう。
私は今でも全然上手くしゃべれないのに、普通に出来てるのスゴすぎ。
尊敬する。
「お待たせー」
教室を出る。
流れ的に、このまま3人で一緒に駅まで帰るんだよね。
私は全然彼とは話せなくて、だから今度は、絢奈が坂下くんと仲良くなって、その前から私の方が先に仲良くなってたのに、でも私よりこの人と仲いい人は他にも沢山いて……。
「じゃ、私今日こっちだから」
靴箱を出たところで絢奈はそう言うと、あっさりと手を振り私たちに背を向けた。
「え! ちょっと待って、なんで?」
彼女の腕にしがみつく。
絢奈の乗る電車は、私と同じ路線の反対側だ。
だから駅まではいつも一緒に帰ってる。
「今日も歯医者」
「また?」
「時間あったから、ゲームに付き合ってただけだし」
「本気で?」
「本気だよ」
彼女は坂下くんにも、普通に上機嫌で手を振る。
「じゃあね! また明日」
「おう。またな」
二人きりにされちゃった。
こんなところを学校で他の人に見られたらどうしようとか、もう話すこと残ってないとか、はしゃいでいいのか、困っていいのかが分からない。
私は本当に、このまままた彼の隣を歩いていいの?
「どした?」
先に歩き出した彼が、私を振り返った。
「ううん。なんか最近、一緒に帰るの多いなって」
「そうだっけ」
「そうだよ」
放課後の喧騒が辺りを包み込む。
サッカー部の掛け声と吹奏楽部の奏でるトランペットの音が、やたら頭に響いて仕方がない。
話したいことは沢山あるけど、それを聞いたら一生後悔しそうな気もしてる。
「……。俺と帰るの、イヤだった?」
「ちがっ、そういうことじゃなくて……」
「友達になったんだからさ、ちゃんと友達でいてよ」
目の前にそびえたつ、彼の背中を見上げる。
そこから彼の方が先に一歩を踏み出したのか、私の足が立ち止まってしまったのかは分からない。
「そうだよね。友達だもんね」
「うん。友達」
やっと分かった。
どうして彼といるのが、こんなに苦しいのか。
彼には刺さったスティックの影響は、本当に何にもなくて、魔法にかかったのは、自分だけだからだ。
私は彼に恋をした。
だけど好きになったのは私だけ。
どうしてあの時私はあそこにいたんだろう。
あそこで偶然鉢合わせなければ、そしたら今まで通り、この人は遠い存在だったのに。
あんなスティック、刺さらなけばよかった!
「あれ? どうかした?」
立ち止まった私を、彼は心配そうにのぞき込む。
目から滲み出した何かを拭った。
「なんか、ゴミが目に入ったみたい」
「そうなの? 洗ってくる?」
「大丈夫。もう取れたから」
バカみたいに愛想笑いを浮かべて、この場を誤魔化す。
それを素直に信じてくれるから、やっぱりこの人はいい人なんだと思う。
私が好きになっちゃうくらい、いい人なんだ。
「あんなことがあってさ、私が坂下くんのこと好きなのかもって、変に考えないでほしい。気にしなくていいから。今まで通り友達でいて」
「……。そうだよね。いきなりあんなことになって、いきなり『好きになりました』って、そんなことあるわけないよな。困るし。お互いに」
「好きとか嫌いとかそういうことって、操るのも操られるのも間違ってると思う」
「当たり前だよ。俺だってそう思ってるから」
「私もこうやって、普通に話してもらえてるだけ、ありがたいと思ってる」
嫌がられたって避けられたって、おかしくはなかった。
彼の表情がキュッと引き締まる。
「俺は……。ずっと嫌われてんだろうなって、思ってた。同じクラスでも、話しかけ辛かったし。男なんて全然興味ないみたいな感じで」
夏が始まろうとしている空はどこまでも澄んでいて、私もこのまま、その青に吸い込まれてしまいたい。
そしてこのままいっそ、本当に消えてなくなればいいのに。
「美羽音とあんなことがあって、本当に突然俺のこと好きになったんだとか、そんなこと全然思ってないし。そんな甘いもんでもないよな。誰かを好きになるって。だからゆっくりでいいから、これから友達として、仲良くしていけたらいいなって思ってる」
「ありがとう」
「じゃ、また。夜にメッセ入れる」
ごちゃごちゃした駅前はいつもごみごみしてるくせにそこそこ大きな駅で、私と彼の乗る電車は違う路線だから、ここでは予定通りなんの違和感もなくいつも通りのバイバイできれいに別れる。
「またね」
告白してフラれても、お友達からよろしくなんて、絶対ウソ。
そんなことするくらいなら、きれいさっぱり断ればいい。
お友達からお願いしますなんて、そんな惨めなこと出来る?
夜にメッセ?
そんなもの送ってくるくらいなら、無視してくれた方がいい。
彼の背中が見えなくなるまで見送って、自分の改札をくぐる。
ふらふらと足だけ動かして、ホームへの階段を上った。
だけど本当に彼から無視されたら、自分が本気で死にそうになることなんて、自分が一番よく分かってる。
はっきり「友達」と言われた以上、フラれたのと同じだ。
告白してもないのに、一方的に好きになって、そうだと気づかれないうちにフラれるのも、結構キツいな。
だから恋愛なんてしたくなかったのに、なんでわざわざこんな思いしに行かなきゃなんないんだろう。
彼の考えていることなんて、私にはなんにも分からないから、そのまま何も言わず手を振って別れた。
「これでよかったの?」
そんな疑問と後悔がぐるぐる頭を回るけど、結局答えなんてどこにもない。
帰宅ラッシュで混雑する駅に、サッと電車が流れ込んでくる。
ごたごたした人込みをかき分けそれに乗り込むと、私は電車に揺られようやく帰宅の途についた。