天使がくれた恋するスティック
第4話
坂下くんはまだ学校に来ていなかった。
あんまりキョロキョロすると怪しまれるから、さりげなく教室を見渡す。
スマホを取り出すと、彼とのトークルームを開いた。
アイコンだけはいつも眺めている。
動かなくなったタイムラインも。
文字を打ち込んでは消し、打っては消しを繰り返していた送信ボタンを、確定で押すのも数週間ぶり。
『大丈夫? なんか変わったことなかった?』
送信したとたん、すぐに既読がつく。
まさかこんなに早く見てくれるとは、思っていなかった。
速攻で返事が返ってくる。
『なにが?』
『昨日のスティック』
『だからなんもねーよw』
『今どこ?』
『電車降りた。もうすぐ学校』
誰かを好きになったりしてない? なんて、打ちかけてその文字を消す。
そんなこと、聞けるワケない。
『よかった。館山さんの鞄、チェックしようと思ったけど、ロッカーにしまわれたから見れなかった』
『なにチェックすんの?』
『まだスティックが鞄に残ってるかどうか』
送信した瞬間、既読はついたけど返事はない。
彼にとっては、本気でどうでもいいことなんだ。
私にとっては、こんなに大事なことなのに。
あの恐ろしさを分かってないから、こんなにのんびりしてられるんだ。
自分の席について、もぞもぞと教科書をしまう。
すっかりやる気を削がれてしまった。
昨晩は一人ベッドであれこれと作戦を考え、ほとんど眠れなかった上に、その作戦も朝イチで無惨に消えてしまった。
眠気と疲労感でなんとなくダルい私と比べ、朝の教室は全員が生き生きと動いているように見える。
今日という一日を迎え撃つために、出撃の準備をしているようだ。
夏が近づき、エアコンの入り始めた教室の扉が、ガラリと開く。
坂下くんが入ってきた。
さっきまでのスマホのやりとりがあったから、こっちを見てくれるかと思っていたのに、見てはくれない。
いつものように自分の席につくと、すぐに隣の席の男子と話し始める。仕方ないか。あの人にはもう頼れない。彼が気にしているのは、私じゃない。
一時間目の数学の授業が終わった。そのままノートを見返したり、教科書の次の宿題範囲をチェックしたりなんかしていたら、ふと視界に館山さんを捕らえた。
気づけば彼女は教科書を抱え、教室の後ろに移動をしている。
何してるんだろうと思ったら、彼女のロッカー付近でしゃがみ込んだ。
「しまった!」
教科ごとに、教科書をロッカーから出し入れするタイプの真面目だったのか!
慌てて飛び上がっても、もう遅い。
駆けつけたいけど、猛ダッシュすることも許されない。
現場にたどり着いた時には、無情にも彼女の手によってロッカーが閉められた瞬間だった。
それでも一番下の段に詰め込まれた、濃紺のサブバックの一端は見えた。
やはりスティックはこの中にあるはず。
落としてなければ。
「……。持田さん? どうかした?」
「ううん。トイレ。急にお腹痛くなっちゃったから……」
「あ。お大事に」
館山さんは、そう言って道を譲ってくれた。
ありがとう。
彼女がいい人で本当によかった。
自分が挙動不審気味なのは、前からよく知ってる。
だからおかしな目で周りから見られるのは、全然平気。
だけどスティックの存在の有無すらはっきりしないことに、苛立ちは隠せない。
『お腹痛いの?』
トイレから戻って来たら、坂下くんからメッセージが入っていた。
彼の席の斜め前に座る館山さんまで、一緒になってこっちをチラチラ心配そうに見ている。
もしかしなくても、彼女から聞いた?
『だから、スティックの刺さった鞄がロッカーにあるか見に行ったの! 鞄は入ってたけど、スティックまでは見えなかった』
『まだやってたんだ』
ワンテンポ遅れて届いたその文字列に、カチンと血が上る。
私が誰のためにこんなに必死になってるか、本当に分かってない。
『そんなことで、俺は誰かを好きになったりしないから』
『それはもう分かった』
やっぱりほら、また再確認してしまった。
彼は私を好きじゃない。
今さらそんなこと言われても、向こうも迷惑。
だから私も好きって言わない。
一生言わない。
そう決めてる。
次の休み時間。
今度こそはとじっと様子をうかがっていたのに、彼女はロッカーへ移動をしなかった。
席から動かずずっと机に座っている。
何をしてるのか廊下に出て行くフリして覗いたら、二時間目の現代表現の授業のノートを熱心に見返していた。
復習ってやつなのかな?
成績のイイ子は、この辺りからもう違う。
三、四時間目は英語によるコミュニケーションの授業で、外部講師を招いての二時間連続での英会話になるから、余計な動きなんて出来ない。
グループごとに机をくっつけて、英会話といいながらも、ほとんどがテキストの棒読みだ。
合間の単語をちょろっと変えるくらい。
雑談なんて、日本語でもいきなり授業でやれなんて言われたって難しいのに、英語でそれをやろうってのも、かなり無茶な話だよね。
常に視界の隅で館山さんの動きを捕らえながらも、授業の終わりがくるのを待っていた。
昼休み、必ず館山さんはロッカーに行く。
そしてサブバックを取り出す。
その時がチャンスだ。
あんまりキョロキョロすると怪しまれるから、さりげなく教室を見渡す。
スマホを取り出すと、彼とのトークルームを開いた。
アイコンだけはいつも眺めている。
動かなくなったタイムラインも。
文字を打ち込んでは消し、打っては消しを繰り返していた送信ボタンを、確定で押すのも数週間ぶり。
『大丈夫? なんか変わったことなかった?』
送信したとたん、すぐに既読がつく。
まさかこんなに早く見てくれるとは、思っていなかった。
速攻で返事が返ってくる。
『なにが?』
『昨日のスティック』
『だからなんもねーよw』
『今どこ?』
『電車降りた。もうすぐ学校』
誰かを好きになったりしてない? なんて、打ちかけてその文字を消す。
そんなこと、聞けるワケない。
『よかった。館山さんの鞄、チェックしようと思ったけど、ロッカーにしまわれたから見れなかった』
『なにチェックすんの?』
『まだスティックが鞄に残ってるかどうか』
送信した瞬間、既読はついたけど返事はない。
彼にとっては、本気でどうでもいいことなんだ。
私にとっては、こんなに大事なことなのに。
あの恐ろしさを分かってないから、こんなにのんびりしてられるんだ。
自分の席について、もぞもぞと教科書をしまう。
すっかりやる気を削がれてしまった。
昨晩は一人ベッドであれこれと作戦を考え、ほとんど眠れなかった上に、その作戦も朝イチで無惨に消えてしまった。
眠気と疲労感でなんとなくダルい私と比べ、朝の教室は全員が生き生きと動いているように見える。
今日という一日を迎え撃つために、出撃の準備をしているようだ。
夏が近づき、エアコンの入り始めた教室の扉が、ガラリと開く。
坂下くんが入ってきた。
さっきまでのスマホのやりとりがあったから、こっちを見てくれるかと思っていたのに、見てはくれない。
いつものように自分の席につくと、すぐに隣の席の男子と話し始める。仕方ないか。あの人にはもう頼れない。彼が気にしているのは、私じゃない。
一時間目の数学の授業が終わった。そのままノートを見返したり、教科書の次の宿題範囲をチェックしたりなんかしていたら、ふと視界に館山さんを捕らえた。
気づけば彼女は教科書を抱え、教室の後ろに移動をしている。
何してるんだろうと思ったら、彼女のロッカー付近でしゃがみ込んだ。
「しまった!」
教科ごとに、教科書をロッカーから出し入れするタイプの真面目だったのか!
慌てて飛び上がっても、もう遅い。
駆けつけたいけど、猛ダッシュすることも許されない。
現場にたどり着いた時には、無情にも彼女の手によってロッカーが閉められた瞬間だった。
それでも一番下の段に詰め込まれた、濃紺のサブバックの一端は見えた。
やはりスティックはこの中にあるはず。
落としてなければ。
「……。持田さん? どうかした?」
「ううん。トイレ。急にお腹痛くなっちゃったから……」
「あ。お大事に」
館山さんは、そう言って道を譲ってくれた。
ありがとう。
彼女がいい人で本当によかった。
自分が挙動不審気味なのは、前からよく知ってる。
だからおかしな目で周りから見られるのは、全然平気。
だけどスティックの存在の有無すらはっきりしないことに、苛立ちは隠せない。
『お腹痛いの?』
トイレから戻って来たら、坂下くんからメッセージが入っていた。
彼の席の斜め前に座る館山さんまで、一緒になってこっちをチラチラ心配そうに見ている。
もしかしなくても、彼女から聞いた?
『だから、スティックの刺さった鞄がロッカーにあるか見に行ったの! 鞄は入ってたけど、スティックまでは見えなかった』
『まだやってたんだ』
ワンテンポ遅れて届いたその文字列に、カチンと血が上る。
私が誰のためにこんなに必死になってるか、本当に分かってない。
『そんなことで、俺は誰かを好きになったりしないから』
『それはもう分かった』
やっぱりほら、また再確認してしまった。
彼は私を好きじゃない。
今さらそんなこと言われても、向こうも迷惑。
だから私も好きって言わない。
一生言わない。
そう決めてる。
次の休み時間。
今度こそはとじっと様子をうかがっていたのに、彼女はロッカーへ移動をしなかった。
席から動かずずっと机に座っている。
何をしてるのか廊下に出て行くフリして覗いたら、二時間目の現代表現の授業のノートを熱心に見返していた。
復習ってやつなのかな?
成績のイイ子は、この辺りからもう違う。
三、四時間目は英語によるコミュニケーションの授業で、外部講師を招いての二時間連続での英会話になるから、余計な動きなんて出来ない。
グループごとに机をくっつけて、英会話といいながらも、ほとんどがテキストの棒読みだ。
合間の単語をちょろっと変えるくらい。
雑談なんて、日本語でもいきなり授業でやれなんて言われたって難しいのに、英語でそれをやろうってのも、かなり無茶な話だよね。
常に視界の隅で館山さんの動きを捕らえながらも、授業の終わりがくるのを待っていた。
昼休み、必ず館山さんはロッカーに行く。
そしてサブバックを取り出す。
その時がチャンスだ。