天使がくれた恋するスティック
最終章
第1話
スティックを取り戻した。なんかもうどうでもいいやって半分思ってたのに、思わず手を伸ばしてしまったら、取れちゃった。
つい見かけてしまったから、取ってみたら取れた。
ハートのスティック。
恋の魔法を仕掛ける不思議な道具。
抜き取ったのを右手に握りしめたまま、ドキドキする胸の鼓動を抑え、さりげなく自分の席につく。
とりあえず腰を下ろしたものの、これからどうすればいいのか分からず、動けなくなってしまった。
どうしよう。
コレ。
知らなきゃそのまま捨てて帰っただろうけど、もうそんなことは出来ない。
教室に坂下くんの姿は見えなかった。
今日は机にしまって、明日返そうかな。
あれだけ必死になっていた自分が、ウソみたいだ。
そもそも肝心の本人が何とも思ってないのに、私が必死になってどうすんだろ。
確かそんなことも、彼から直接言われてたっけ。
余計なこと、しなけりゃよかったな。
そもそも私にこんなものが刺さらなければ、今みたいなことにはなってなかった。
平穏で幸せな当たり前の毎日を普通に送っていたはずなのに。「もう恋なんてしない」なんて、どこにでもあるありふれたセリフだけど、そもそもする気がなかったんだから、「余計なお世話だ。やめてくれ」しかない。
右手に持て余すスティックを、机の上に置いた。
そもそもコレの持ち主って、誰なんだろ。あの天使?
くれるって言ったから、私か坂下くんの持ち物ってこと?
だったら私はいらないし、彼も特別欲しがってるわけじゃない。
だからそもそもこんな物で人の気持ちを……。
「やっぱり今日中に渡しとこう」
こういうのは、早い方がいいよね。
彼が好きになる人は、彼自身が決めるものであって、他の誰かが決めていいものじゃない。
『いまどこにいる?』
スマホを取り出し、そんなメッセージを打ってみたら、すぐに返事がきた。
『まだ学校。なに?』
『話したいことが出来たから、時間ちょっといい?』
『いいけど、少し待たせるよ』
体育祭の実行委員になってたから、その会議か何かなのかな。
「会いたい」なんてメッセージを打って、誘う口実が出来たのに、あんまり嬉しくない。
取り戻したスティックは、もう絶対なくさないよう自分のサブバックに入れた。
自分の気持ちは自分のものであって、誰かのものではないから、自分がどうするかを決めたらいい。
だけど相手にも同じ気持ちになってほしいと願うのが、恋なんだな。
体育祭で出場する種目を、リレーにするのか、玉入れにするのか、障害物競走にするのかを決めるのとは、全然違う。
自分一人がどれだけ頑張っても、どうにも出来ない。
相手がいることって、こんなに難しいんだ。
人気のない教室で、窓から校庭を見下ろす。
放課後の校内は、世界で一番自由だった。
スティックの効果がどれくらい続くかとか、もう一生このままなのかとか、そういう大事なことを一切知らされないまま、天使はどこかへ行ってしまった。
ダメ元で取り扱い説明や経験談をネットで検索かけてみたけど、もちろん答えは見つからない。
普通に、坂下くんにこれを返そう。
もしいらないって断られたら、バキバキに折って川へ流そう。
これは間違いなくゴミだけど、このゴミだったら、きっと自然環境には悪くない。
ちゃんと始末できたら、今日の夜は家に帰って普通に寝よう。
普通にご飯も食べてお風呂入って、ちゃんと寝よう。
ベッドに入って電気消したら、ちょっとは無表情なあの人のことを、思い浮かべたりなんかはするかもしれないけど、そんなことは私のこれからの長い人生のなかで、きっとどうってことはない。
夏の始まりを告げる放課後の校庭は、太陽よりまぶしかった。
どの部活も大きな大会に向けて、練習が本格化し始める時期だ。
いつも個別に演奏していたトランペットやフルートもいつしか合奏となり、筋トレやランニングばかりやっていたような運動部は、チームでの実戦的なものへと切り替わっている。
こうやって静かな教室で見下ろしていると、自分が今どこにいるのか、本当に分からなくなる。
私だけが世界から取り残されているみたいだ。
「坂下くん。いつ戻ってくるのかな……」
あれだけ必要ないって言われてたのに、わざわざ取り返したって報告したら、またイヤな顔されるかな。
だけど、これで私は安心できる。
ようやく取り戻せる。
自分の気持ちが平和な世界。
今まで通りの幸せ。
私はまた穏やかな日々を過ごす。
絢奈と笑って音楽の話したり、アイドルや映画の話で盛り上がれる。
そうだな。
時には館山さんとも一緒に、そんな話をしてもいいな。
彼女がそうしてくれるなら、私はうれしい。
坂下くんはきっと、いつか自分で本当に好きな人を見つけるだろう。
そうしたら応援する。
てゆーか、誰の恋愛だって、本当にその人が相手のことを好きなら応援出来るから。
彼が好きになる人は、どんな人だろう。
館山さんは違ったみたいだから、もしかしてお友達の古山さんみたいな感じ?
それとも全然違う、別な感じなのかな。
だとしたらそれが、どんな人なのかはちょっと見てみたい気がする。
私は、私のことを本気で好きって言ってくれる人なんて永遠に現れないと思うから、そういう幻覚はみないようにしよう。
友達さえいれば大丈夫。
坂下くんとも、ちゃんとした友達になれたらいいな。
心からそう思ってる。
彼のことは、嫌いじゃない。
今でも時々気にしてしまう。
登校途中の電車の中で、改札を出た瞬間坂下くんと鉢合わせたらどうしようって。
まるで待ち合わせしたみたいに、並んで登校することなんて、この先にもあるのかな。
まるで漫画がアニメみたいだ。
朝のキラキラした空気のなか「あれ。どうしたの? 今日は早いね」なんて言ったら、彼の方は本当は待ち伏せしてたのを気づかれたくないから、「偶然だね」なんて照れながらバレバレでそんなこと言って、学校までの道のりをずっとおしゃべりしながら歩くの。
きっと彼となら、どんな会話でも盛り上がれる自信ある。
空に浮かぶ雲の形でもいいし、傘に跳ねる雨音の話だって楽しいに決まってる。
よくあるベタな設定だよね。
車道の水たまりが跳ねて、「大丈夫か?」って彼が肩を引き寄せて。
私は何だかよく分からないけど、都合よく傘を持ってなくて、一緒に一つの傘で帰ってるの。
手を繋ぎたいなーなんて思ってたら、傘を握る彼の手がそっと伸びて、私の手を握るの……。
あれ、ちょっと待って。
傘持ったまま手とか繋げなくない?
ヘタなAI絵みたいに、手が3本になっちゃう。
「……。あぁ。やっぱもう考えるのをやめよう」
可笑しすぎてひとしきり笑った後で、長い長い息を吐き出す。
こんな妄想、考えたら負け。
私にはない未来なんだから、夢見る方が間違い。
ずっと当たり前に普通でいよう。
恋愛だなんて、私には似合わない。
だからあんな恋の魔法なんて、最初から効くワケがなかったんだ。
サブバックの中にしっかりとしまい込んだスティックを、もう一度思い浮かべる。
これを彼は、欲しがってなかった。
いらないって言ってた。
だったら私がもらっていい?
そしたら、彼の気持ちをコントロール出来る?
そしたら……。
イヤな考えが頭を横切って、激しく首を左右に振る。
いらないって言われたら、捨てるって決めてたはず。
自分一人で折れるのかとか、消えないで残っちゃうかもとかは、やってみないと分からないけど、私がもらっていいものでもないし、ましてや自分に刺そうなんてもってのほか。
そんなことをしてまで、手に入れたいわけじゃない。
私以外誰もいなくなった教室で、ガラリと扉が開いた。
振り返ると、坂下くんが立っている。
つい見かけてしまったから、取ってみたら取れた。
ハートのスティック。
恋の魔法を仕掛ける不思議な道具。
抜き取ったのを右手に握りしめたまま、ドキドキする胸の鼓動を抑え、さりげなく自分の席につく。
とりあえず腰を下ろしたものの、これからどうすればいいのか分からず、動けなくなってしまった。
どうしよう。
コレ。
知らなきゃそのまま捨てて帰っただろうけど、もうそんなことは出来ない。
教室に坂下くんの姿は見えなかった。
今日は机にしまって、明日返そうかな。
あれだけ必死になっていた自分が、ウソみたいだ。
そもそも肝心の本人が何とも思ってないのに、私が必死になってどうすんだろ。
確かそんなことも、彼から直接言われてたっけ。
余計なこと、しなけりゃよかったな。
そもそも私にこんなものが刺さらなければ、今みたいなことにはなってなかった。
平穏で幸せな当たり前の毎日を普通に送っていたはずなのに。「もう恋なんてしない」なんて、どこにでもあるありふれたセリフだけど、そもそもする気がなかったんだから、「余計なお世話だ。やめてくれ」しかない。
右手に持て余すスティックを、机の上に置いた。
そもそもコレの持ち主って、誰なんだろ。あの天使?
くれるって言ったから、私か坂下くんの持ち物ってこと?
だったら私はいらないし、彼も特別欲しがってるわけじゃない。
だからそもそもこんな物で人の気持ちを……。
「やっぱり今日中に渡しとこう」
こういうのは、早い方がいいよね。
彼が好きになる人は、彼自身が決めるものであって、他の誰かが決めていいものじゃない。
『いまどこにいる?』
スマホを取り出し、そんなメッセージを打ってみたら、すぐに返事がきた。
『まだ学校。なに?』
『話したいことが出来たから、時間ちょっといい?』
『いいけど、少し待たせるよ』
体育祭の実行委員になってたから、その会議か何かなのかな。
「会いたい」なんてメッセージを打って、誘う口実が出来たのに、あんまり嬉しくない。
取り戻したスティックは、もう絶対なくさないよう自分のサブバックに入れた。
自分の気持ちは自分のものであって、誰かのものではないから、自分がどうするかを決めたらいい。
だけど相手にも同じ気持ちになってほしいと願うのが、恋なんだな。
体育祭で出場する種目を、リレーにするのか、玉入れにするのか、障害物競走にするのかを決めるのとは、全然違う。
自分一人がどれだけ頑張っても、どうにも出来ない。
相手がいることって、こんなに難しいんだ。
人気のない教室で、窓から校庭を見下ろす。
放課後の校内は、世界で一番自由だった。
スティックの効果がどれくらい続くかとか、もう一生このままなのかとか、そういう大事なことを一切知らされないまま、天使はどこかへ行ってしまった。
ダメ元で取り扱い説明や経験談をネットで検索かけてみたけど、もちろん答えは見つからない。
普通に、坂下くんにこれを返そう。
もしいらないって断られたら、バキバキに折って川へ流そう。
これは間違いなくゴミだけど、このゴミだったら、きっと自然環境には悪くない。
ちゃんと始末できたら、今日の夜は家に帰って普通に寝よう。
普通にご飯も食べてお風呂入って、ちゃんと寝よう。
ベッドに入って電気消したら、ちょっとは無表情なあの人のことを、思い浮かべたりなんかはするかもしれないけど、そんなことは私のこれからの長い人生のなかで、きっとどうってことはない。
夏の始まりを告げる放課後の校庭は、太陽よりまぶしかった。
どの部活も大きな大会に向けて、練習が本格化し始める時期だ。
いつも個別に演奏していたトランペットやフルートもいつしか合奏となり、筋トレやランニングばかりやっていたような運動部は、チームでの実戦的なものへと切り替わっている。
こうやって静かな教室で見下ろしていると、自分が今どこにいるのか、本当に分からなくなる。
私だけが世界から取り残されているみたいだ。
「坂下くん。いつ戻ってくるのかな……」
あれだけ必要ないって言われてたのに、わざわざ取り返したって報告したら、またイヤな顔されるかな。
だけど、これで私は安心できる。
ようやく取り戻せる。
自分の気持ちが平和な世界。
今まで通りの幸せ。
私はまた穏やかな日々を過ごす。
絢奈と笑って音楽の話したり、アイドルや映画の話で盛り上がれる。
そうだな。
時には館山さんとも一緒に、そんな話をしてもいいな。
彼女がそうしてくれるなら、私はうれしい。
坂下くんはきっと、いつか自分で本当に好きな人を見つけるだろう。
そうしたら応援する。
てゆーか、誰の恋愛だって、本当にその人が相手のことを好きなら応援出来るから。
彼が好きになる人は、どんな人だろう。
館山さんは違ったみたいだから、もしかしてお友達の古山さんみたいな感じ?
それとも全然違う、別な感じなのかな。
だとしたらそれが、どんな人なのかはちょっと見てみたい気がする。
私は、私のことを本気で好きって言ってくれる人なんて永遠に現れないと思うから、そういう幻覚はみないようにしよう。
友達さえいれば大丈夫。
坂下くんとも、ちゃんとした友達になれたらいいな。
心からそう思ってる。
彼のことは、嫌いじゃない。
今でも時々気にしてしまう。
登校途中の電車の中で、改札を出た瞬間坂下くんと鉢合わせたらどうしようって。
まるで待ち合わせしたみたいに、並んで登校することなんて、この先にもあるのかな。
まるで漫画がアニメみたいだ。
朝のキラキラした空気のなか「あれ。どうしたの? 今日は早いね」なんて言ったら、彼の方は本当は待ち伏せしてたのを気づかれたくないから、「偶然だね」なんて照れながらバレバレでそんなこと言って、学校までの道のりをずっとおしゃべりしながら歩くの。
きっと彼となら、どんな会話でも盛り上がれる自信ある。
空に浮かぶ雲の形でもいいし、傘に跳ねる雨音の話だって楽しいに決まってる。
よくあるベタな設定だよね。
車道の水たまりが跳ねて、「大丈夫か?」って彼が肩を引き寄せて。
私は何だかよく分からないけど、都合よく傘を持ってなくて、一緒に一つの傘で帰ってるの。
手を繋ぎたいなーなんて思ってたら、傘を握る彼の手がそっと伸びて、私の手を握るの……。
あれ、ちょっと待って。
傘持ったまま手とか繋げなくない?
ヘタなAI絵みたいに、手が3本になっちゃう。
「……。あぁ。やっぱもう考えるのをやめよう」
可笑しすぎてひとしきり笑った後で、長い長い息を吐き出す。
こんな妄想、考えたら負け。
私にはない未来なんだから、夢見る方が間違い。
ずっと当たり前に普通でいよう。
恋愛だなんて、私には似合わない。
だからあんな恋の魔法なんて、最初から効くワケがなかったんだ。
サブバックの中にしっかりとしまい込んだスティックを、もう一度思い浮かべる。
これを彼は、欲しがってなかった。
いらないって言ってた。
だったら私がもらっていい?
そしたら、彼の気持ちをコントロール出来る?
そしたら……。
イヤな考えが頭を横切って、激しく首を左右に振る。
いらないって言われたら、捨てるって決めてたはず。
自分一人で折れるのかとか、消えないで残っちゃうかもとかは、やってみないと分からないけど、私がもらっていいものでもないし、ましてや自分に刺そうなんてもってのほか。
そんなことをしてまで、手に入れたいわけじゃない。
私以外誰もいなくなった教室で、ガラリと扉が開いた。
振り返ると、坂下くんが立っている。