イヴの鳥籠~エリート貴公子の甘い執着愛
「まさか…」

「いえっ、そのときは何もなかったんです…と言いますか、私が思いっきり抵抗したことで、旦那様が軽傷を負いました。そして旦那様が…私が誘惑したのだと」

隣りに座るテオドールさんが纏う空気が変わった気がした。

私の手に添えられた手にも、力が込められているのがはっきりと伝わる。

「でも他のメイドは?気がつかなかったのか?」

「私は伯爵夫人付きのメイドになってから、一人部屋をいただいていましたので。ただ、親しかったメイドの子が偶然私の部屋を訪ねてその現場を見ていたんです。
彼女は味方になってくれて、私が誘惑をしたという疑惑は晴れたんですが…それでも屋敷にいることができなくなって…この一件はすべて伏せるかたちで私は屋敷を去ることになりました」

旦那様が、過去にもメイドに手を出していたことを知ったのはそのときだ。

私の疑惑は晴れて使用人やメイドたちは同情してくれて、懐いてくれていたお子様たちも引き留めようとしてくれた。
けれど、旦那様を心底愛していた夫人だけは、私が誘惑したのだと最後まで信じていた。

伯爵夫人の怒り――あれはもしかしたら嫉妬だったのかもしれない――は相当なもので、推薦状を書いてもらうことはできず退職金ももらえなかった。
仕事も住む場所もなくなって、推薦状や紹介状を持たない私ではメイドとして雇ってもらえるところもない。

「そしていろんな職業斡旋所に通っていたときに……個人で仕事の仲介をしているという男に声をかけられました。でも彼が本当は違法な人身売買の仲介人だと気がついたときには遅くて、私は逃げ出すこともできず、あのオークションに売られたんです」

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