凡人の私は最強異能力者の貴方に恋をする。
「おい、お前本気か?」
 記憶というものは実に都合がいいもので、昨日の夢物語が嘘だったかのようにナハトのダンスレッスンは厳しいものであった。
「いいか、もっとステップを合わせろ、音を聞け、視線は泳がすな」
 あまりの出来の悪さに、ナハトの口調が厳しい物になる。
「ちょ、ちょっとまって、足、足攣りそう…!」
 カナは声を荒げると、その場にしゃがみこんだ。その様子にナハトは目頭を押さえると「少し休憩するぞ」と言って、もってきたペットボトルに口をつけた。
「痛たた…、こんなの何時間も踊るなんて信じられない」
 カナは攣りそうになった足をさすりながら抗議する。
「そんなんじゃ序盤も持たないぞ…」
 ナハトはそういうと、指をひょいと捻ってカナへ未開封のミネラルウォーターを放り投げた。
「すごい!今のもミスティリオですか?」
 ミスティリオを使う度、目を輝かせて尋ねてくるカナにナハトは「はしゃぎすぎだ…」と少し恥ずかしくなる。
「地球人は不便だな、こんなこともできないなんて」
 ただでさえ弱い種族だというのに、身を守る手段が格闘術だけであることに最初は酷く驚かされたものである。
「そんなことないですよ。私たちからしてみれば新人類の皆さんの方が、不便そうに見えます」
「何故だ?」
 カナの言い分にナハトは首をかしげる。
「だって、ミスティリオの力が弱い人は意見もまともに言えないじゃないですか、私たちはそんな力がない分、比較的気軽に意見交換ができます」
「意見交換をして意見が食い違った時はどうするんだ?」
「その時はお互いが納得できるまで話し合います」
「とんだ手間だな…」
「そんなことありません、言葉にはミスティリオにはない力がたくさん秘められているんですよ」
「ほう…、例えば?」
 ナハトは少し意地悪そうに尋ねる。
「そうですね…」
 カナは少し考えると、痛めた足を引きずって水を飲むナハトの隣に腰掛けた。そして耳元に唇を寄せる。
「ナハトさんってとっても素敵ですよね、顔もかっこいいし、ミスティリオも沢山使えるし、何より優しくて私本当に尊敬します!」
「な?!?!」
 まさか、カナにそんな言葉をかけられるとは思っていなかったナハトは意外にも耳を押さえて顔を真っ赤に染める。
「ほら、これが言葉の力です」
 カナは少し勝ち誇った様子で答えた。
「べ、別に俺は何も攻撃を受けていないぞ…」
 どこか慌てた様子で取り繕うナハトにカナはおかしくなる。
「今のは攻撃したんじゃありません」
「じゃあ何をした?」
「ただ単に褒めたんですよ」
 珍しく、楽しそうに笑うカナにナハトは思わず視線を奪われる。
「……覚えてろよ」
 ナハトはそういうと恥ずかしそうにそっぽを向いた。
 少し調子に乗りすぎただろうかと心配したカナは慌ててナハトの顔を覗き込む。しかし、口元を隠して耳を赤くするあたり、どうやらそうではないらしい。
「何、見てんだ」
「え?す、すみません…」
 視線を感じ取ったのかナハトが少し不機嫌そうな表情でカナを睨みつける。
「よし、休憩は終わりだ。人を揶揄う余裕があるあたり、まだ練習できそうだな?」
「いや…、それは…」
 結局、その後の練習で足を攣ったのは言うまでも無い。
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