凡人の私は最強異能力者の貴方に恋をする。
 時刻はまだ十三時だというのに、カナはナハトの突然の提案により何故かとても高そうな黒塗りの高級車の中へと押し込まれる。
 「ちょ、ちょっと!ナハトさん!」
 あまりにも突然の出来事にカナは慌てて車から降りようとする。しかし、何故か体が磁石のように車内へと引っ張られてしまう。
「ナハトさん!こんなところで変なミスティリオ使わないで下さい!」
 猛反論して暴れるカナを車へと押し込むと、ナハトは扉を閉めた。そして、何やら呪文を唱えると車がゆっくりと動き始める。もちろん、助手席に運転手なんてものはいない。
「め、免許持ってるんですか?」
 よくわからないことを口走るカナにナハトは「持っていないが、ミスティリオ操縦術の授業は事故率ゼロだ」とこれまた、わけのわからない返答をする。
「そ、それって、無免許運転っていって罰則されるんですよ!」
「安心しろ、俺は王子だぞ。そんな程度で捕まりはしない」
 もはや、話が通じないナハトにカナはため息を吐く。先ほどの話では見学がどうのこうのといっていたが一体どこに連れていかれるのだろう。
 車を走らされること数十分、学校になんと弁解すればよいか頭を抱えるカナに、ナハトは「ついたぞ」と声をかけた。
 ゆっくりと頭をあげると、そこには絵本に出てくるような綺麗な一軒家が立っていた。あたりには色とりどりの花が植えられ、まるで海外のイングリッシュガーデンのようだ。
カナは車から降りると、その素敵な光景に息をのむ。
「素敵…」
 思わずそう呟くカナにナハトは微笑む。
「イービーに言ってやったら喜ぶぞ」
「イービー?」
 聞きなれぬ名前に首をかしげると家の奥から毛並みの綺麗な大型犬が二頭、ナハトにとびかかる様にして姿を現した。
「こら、やめろ。アレックス、ジャック、ステイだ」
 ナハトは嬉しそうに二匹を撫でると、自分の足元へと座らせる。
「うわあ、可愛い」
 なんの犬種だろうか?日本ではあまり見ないサイズにカナは興奮する。
「ボルゾイのアレックスとジャックだ」
 ナハトの紹介に二匹はうれしそうにワンと吠えた。
「すごい、綺麗な毛並み、ちゃんとお世話されてるのね」
「当然だ。な?イービー」
「大変光栄に存じます」
 第三者の声にカナは慌てて頭を上げる。そこには六十代くらいの眼鏡をかけた紳士が綺麗なスーツを着て立っていた。
「紹介しよう。使用人のイービー・ラントだ。こちらは流星学園に通う斎藤カナさん」
 丁寧に紹介してくれるナハトにカナは慌てて頭を下げる。
「は、初めまして斎藤カナと申します」
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ、お嬢さん」
 いつも通り、身構えるカナにイービーと呼ばれた使用人は優しく声をかける。
「彼の奥方は地球人で、娘さんはハーフなんだ」
 意外な言葉にカナは驚く。まさか、新人類と旧人類の夫婦がいるとは思いもしなかった。
「お疲れでしょう。それよりナハトさん授業を抜け出して一体そこのお嬢さんと何をされるおつもりだったのですか?」
 イービーはナハトに微笑むが、どうやら授業をぬけだしてきたことを咎めているらしい。
「あー、今度のダンスパーティーのドレスを見繕いにな…、ほら、こいつそんなドレスもってないっていうし」
 そんなことは一言も言った覚えはないが、ドレスをもっていないのは事実なので仕方なくナハトに話を合わせる。
「おや、もうそんな時期でしたか。……まあ、いいでしょう。ひとまずお茶でも飲んでお休みになってください」
 イービーはそういうと、綺麗に一礼して屋敷の方へと姿を消した。
「…ふー」
「何が、ドレスを見繕いによ。突然引っ張ってきたのはあなたの方じゃない」
カナは隣で冷や汗をかくナハトに文句をぶつける。
「そうだったか?」
 しかし、ナハトは気にする様子もなく嬉しそうにカナの腕を引っ張った。
「そ、そもそも、ここどこなのよ。あなたの家?」
 カナは腕を引かれながらあたりを見渡す。
「家っていうか、俺の秘密基地。本邸は別にある」
 さすが、王族といったところだが、カナにはナハトの言っている意味が理解できない。
「普通、秘密基地に使用人はいないはずよ」
 秘密基地といえばよく小さな子供が木材などを寄せ集めて作ったりするものだ。こんな綺麗な庭も無ければ、あんな高価な大型犬も居ないはずである。
「うるせぇな。ほら、さっさと入れ」
 ナハトは今時珍しい古鍵を使って、扉を開くとカナを屋敷の中へと招き入れた。
 玄関はこじんまりとした印象ながらも、日本家屋では考えられない広さがあり、そのところどころに上品な花が飾られている。床は綺麗に磨き上げられ、埃一つ落ちていない。
 あまりの世界観にカナはその場に立ち尽くす。自分が今住んでいるボロ家とは世界が違いすぎて、どこか胸の奥に黒いものが沸き上がる。
「おい、どうした?こっちだ」
 しかし、ナハトはそんな事お構いなしにカナを呼ぶ。渋々呼ばれた方へと足を運ぶと、そこには洒落たテーブルと椅子が置いてあった。テーブルの上にはおいしそうなお菓子がいくつも並んでいる。
「どうぞ、こちらへ」
 見知らぬ女性が、カナのために椅子を引いてくれた。
「ありがとうございます」
「貴方が、斎藤カナさんね。ナハトさんから常々お話は聞いております」
 女性はそういうと、カナのティーカップに紅茶を注ぐ。
「私、イービーの妻のマリ・ラントと申します」
「え、じゃあ貴方が地球人の?」
 カナは少し驚いた様子で尋ねる。
「ええ、同じ地球人として宜しくね。カナさん」
 そういって微笑むマリにカナは嬉しくなる。中学を卒業してからというもの、同じ地球人と関わりを持つ機会が減っていたカナにとってマリは聖母マリアのように見えた。
「マリ、悪いがお茶を飲み終わったら彼女のドレスを見繕ってくれ」
「はい、畏まりました」
 マリはそういうと「ごゆっくり」と言って姿を消した。
「なんだか、本当に異世界にいるみたいだわ」
 カナはぼんやりとティーカップに注がれた紅茶を見つめて呟く
「いいな…」
「そうか?」
「ええ、まるで本当に王子様ね…」
 どこか様子のおかしいカナにナハトは首をかしげる。
「どうした?何か気に食わなかったか?」
 珍しく不安そうに尋ねるナハトに、カナは苦笑する。
「ううん、素敵すぎるくらい。でもこういう綺麗な家とか、可愛い犬とか、綺麗な庭園とかみてると、死んだお母さんの事を思い出しちゃって…」
「お前の母上?」
「うん、私も昔は一軒家に住んでたの。ここまで広くはないんだけど、小さな庭があって、小さな犬がいて…、全部お母さんの趣味。私が生まれた年に、お父さんとこだわって立てた理想の空間。私の部屋もあったのよ?小さいけれどぬいぐるみが一杯あって…、でも全部とられちゃった」
 カナの父親は政府関係者だったこともあり、ほとんどの財産は没収されてしまった。故に今は雨漏りのするボロ家に住んでいる。
「言ってなかったっけ?私レブルなの。だから、一生懸命建てた家も、母が毎日手入れしていた庭も、全部もうないの。母が買ってくれたぬいぐるみも、父が買ってくれたおままごとセットも、犬もどっかに連れていかれちゃって…」
 きっともう死んでると思う。カナはそこまで言うとナハトから顔をそむけた。こんなのただの文句でしかないことは分かっているが、全てを奪っていった新人類に我慢ができなかった。
「だから…ちょっと貴方が羨ましい」
 なんとか絞り出した声は震えていた。カナは必死に泣くまいと我慢していたが、どうしても胸の内からこみ上げてくる苦しみからは逃れられなかった。
 ナハトはそんなカナの様子に目を見開くと、慌てて席を立ちあがり、静かに涙を流すカナの側に膝をついた。
「すまない…俺は…」

「やめて、言っとくけど私…新人類なんて嫌いよ」

 カナの言葉に、背をさすろうとしたナハトの手が止まった。
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