凡人の私は最強異能力者の貴方に恋をする。
赤眼の王子
 大きな音を立てて開かれた扉に、生徒の全員が一斉に視線を移す。そこにはウサギのような赤い瞳をした長身痩躯の男が不愉快そうな表情で立っていた。
「いつまでやってんだ…、早くしろよ」
 男はカナ達と同じ制服を着た学生であるにも関わらず、強い口調で教師に命令する。
「ナ、ナハト様」
 教師は何故か焦ったように、男の名を口にすると深く頭を下げて謝罪した。
「申し訳ございません、何かと旧人類の生徒に手を焼いておりまして…」
「言い訳は不要だ」
 ナハトは教師の言葉を遮ると、教卓前で立ちすくむカナの事を一瞥して姿を消した。
「ねぇ、ねぇ、今のジーク家のご子息じゃない?」
「生徒会長のナハト様だわ!」
 何故かクラス中の女子が騒ぎ始める。
「こら、騒ぐんじゃありません。これから体育館に移動します。くれぐれも王族関係者には無礼の無いよう頼みますよ!」
 教師はそう言うと、いそいそと身支度を始める。ようやく苦痛な状態から解放されたカナは、ほっと胸を撫で下ろすと自分も指定された体育館へと向かおうとした。しかし、
「あら、貴方どこへ行くつもり?」
 何故か教師に腕をつかまれる。
「え?どこって体育館に…」
 カナは疑問符を並べながらそう答えると、教師は呆れたように笑った。
「悪いけど…、旧人類の貴方達は毎年退学者が多いから、式典には出席できない決まりになっているの。だから今日はオリエンテーションだけと、入学資料に書いてあったはずだけど?」
 教師の言葉にカナは絶句する。
「…そうだったんですか、すみません。読んでませんでした」
 差別の激しい学校だとは聞いていたが、まさかここまで酷いものだとは思いもしなかった。
「じゃあ、私帰ります。色々とご迷惑をおかけしました」
 カナは素直に、帰宅する旨を伝えると、教師は満足そうな表情で教室を後にした。一人取り残されたカナは小さくため息を吐く。
『新人類と地球人、相互の理解を深める学園生活』というのが、この学園のキャッチコピーであるはずなのに、どうやらそれは唯の建前であって、端から地球人を歓迎しようなどとは考えていないようである。
 カナは自分の鞄を肩にかけると下駄箱へと向かった。廊下に貼られた新入生入学おめでとうの張り紙が、嫌味のように見えてきてカナは苦笑する。
 こういう日は早く帰って寝るに限る。そう考え直したカナは、そこで自分の靴が無いことに気づかされる。
「え…嘘、確かここに入れたはず」
自分の出席番号に入れているのだから、間違えるわけがない。
「もう、なんなのよ!」
 早く家に帰って休みたいのに、これでは帰ることができない。仕方なく、靴を探そうとしたその時、背後から声をかけられた。

「お前の探し物はこれか?」

 驚いたカナは、慌ててその場に振り返る。すると、そこには先ほどの赤眼の男が立っていた。手には何故かカナの靴が握られている。
「もう一度聞く、お前の探し物はこれか?」
「は、はい!そうです…」
 カナは慌てて答える。
「外に転がっていた」
 男はそういうと、カナに靴を差し出した。
「…わざわざ持ってきてくれたんですか?」
 カナは驚いた表情で尋ねる。
「何かと、問題が起きるのは勘弁なんでな」
 男は素っ気なく答えた。
「…そうですよね、すみません」
 男の言葉にカナは小さく頭を下げると、差し出された靴を受け取った。
「で、では私はこれで…」
 もう一度頭を下げるとカナは足早に、靴を履き替える。
「…お前、この星の人間か?」
 いそいそと帰ろうとするカナに、再び男が声をかけた。
「ええ…、まぁ…」
「名前は?」
「…斎藤カナです」
「そうか」
 興味があるのか無いのかよくわからない反応に、カナは小さく首をかしげる。
「お前は、式典には出席しないのか?」
 男は腕組をすると、下駄箱へと寄りかかった。綺麗な黒髪がそれに合わせて美しく揺れる。
「ええ、まあ」
「何故だ?」
「旧人類は退学率が高いので、入学式は不要だそうです」
 少し棘のある言い方かもしれないが、実際にそういうことなのだから仕方がない。
 カナの言葉に男は少し考えた素振りを見せると、何を思ったのか、カナの顔前に握りしめた右手を差し出した。
「な、なんですか?」
 一瞬、殴られると思ったカナは、小さく身をすくませる。
すると、男は「こっちを見ろ」と言って、その右手をゆっくりと開いた。
 掌から現れたのは小さなカーネーションの花であった。
「俺からの入学祝い」
 男はそういうとカーネーションの花をカナの胸ポケットへと差し込んだ。
「これで少しは、めでたくなったな」
 カナはその言葉に、何故か目頭が熱くなった。
「…」
 驚きと感動のあまり言葉が出ないカナに、男は笑う。
「んだよ、もっと喜べよ」
 腕を組んで、カナの様子を見つめる男に、カナは慌てて目元をぬぐった。
「…こんなことしていいんですか?貴方もいじめられますよ?」
 カナは鼻をすすると、できるだけ男を牽制する。変に気を許すわけにはいかない。
「ほお、それは見て見たいものだな」
 しかし、男は余裕そうな表情で答えた。
「さっきもいいましたよね?私旧人類なんです、だから…」
「だから、意地悪しろってか?」
 一瞬、男の眼光が鋭くなった。
「いえ、そういうわけでは…」
「まあ気にするな。一応、王子としての嗜みだ」
「王子…ですか」
 王子という言葉に疑問符を浮かべるカナに、男は驚いた表情を見せる。
「んだよ…、お前俺のこと知らねぇのかよ」
 何故か、不服そうにカナを見つめる男に、カナはますます混乱する。
「えーっと、すみません?」
 とりあえず失礼のないように謝罪するが、相変わらず男は不満気に眉を顰めている。
「まあ、いい…。今の発言は忘れろ。ただの痛い奴になるからな」
 男は諦めたようにため息を吐くと「じゃあな」といって、カナに背を向けた。
「あ、あの!」
「んだよ…」
 思わず呼び止めてしまったカナは振り向いた男に、慌てて頭を下げる。
「あ、ありがとうございました」
 すると、男は意外にも「どーいたしまして」と返答してくれた。カナはその言葉に嬉しくなると、何か思い出したように顔を上げる。
「ま、待って!」
 階段の中腹まで登っていた男は、今度は何事かと再び振り向いた。
「あ、あの…、名前を教えてください!」
 カナは勇気を振り絞って名前を聞いた。新人類と関わりを持つ予定はなかったが、何故か彼の名前は聞いておかなければ後悔するような気がしたのだ。
「ナハト」
 男はよく通る声で言った。
「ナハト・ジークだ。覚えておけ」
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