あなたが居なくなった後
第五話・告白
「昨日はごめんね。私のせいで、ご近所さんから失礼なことを言われちゃって……」
出勤してすぐに申し訳なさそうに謝ってきた優香に、宏樹は淹れたばかりのコーヒーを手渡しながら、普段は商談用に使っているソファーへ座るよう勧める。
「それは優香ちゃんが謝ることじゃない。俺はああいうのは全然平気だし、それに――」
自分も向かいの席に腰かけてから、優香の顔を真正面に見据えて伝える。
「見ず知らずの他人と変な噂されるのは許せないけど、相手が俺なら大歓迎だよ」
「……え?」
「あの奥さん達が言ってたように、まだ兄貴の一周忌も終わってないから不謹慎なのは分かってるけど」
湯気の立つ温かいコーヒーが入ったカップを両手で包み込みながら、優香も宏樹の顔をじっと見る。目を逸らさなきゃいけないと、心のどこかで思いながらも、義弟の視線から逃げることができない。
「兄貴なら優香ちゃんのことを幸せにしてくれると思って諦めてたけど、相手が他の奴ではダメなんだ。それだけは許せない」
「……宏樹君?」
ふぅっと大きく息を吐いて呼吸を整えてから、宏樹はいつもどおりの人懐っこい笑顔で笑う。
「でも安心してくれていいよ。俺だって兄貴のことは好きだし尊敬してるし、まだ一周忌も済んでない内に、兄嫁のことを口説こうなんて思ってないから」
「く、口説くって……?!」
「気付いてなかった? 俺、ずっと優香ちゃんのこと好きだったんだけど。兄貴が初めて家に連れて来た時から、ずっとね」
何を言われてるのか、優香は頭が混乱しそうになる。パクパクと口だけが動いているのに言葉が出て来ない。そんな風に動揺している義姉の様子をおかしそうに笑って、宏樹は合皮のカバーが付いた分厚い手帳を開いて話し出す。
「今日は午後から一件、打ち合わせの予定が入ってるから、それまでに見える範囲だけでも大まかに片付けて貰えると助かるかな」
急に話題を仕事のことに切り替えられても、直前に掛けられた言葉が頭から離れない。
――からかわれただけ、だよね……?
背が高く、優しい顔立ちに公認会計士という堅実な肩書、絵に描いたようなハイスペックな宏樹が、平凡な子持ち主婦だった自分のことを本気で想ってくれてた訳がない。そもそも優香は彼の実兄である大輝の妻で、陽太という息子までいるのだから。
夫のことを思い出さない日はないし、自分は将来も大輝だけの妻でいたいと思っている。そう簡単に他の人の元へなびいていけるほど、器用な性格はしていない。
出勤してすぐに申し訳なさそうに謝ってきた優香に、宏樹は淹れたばかりのコーヒーを手渡しながら、普段は商談用に使っているソファーへ座るよう勧める。
「それは優香ちゃんが謝ることじゃない。俺はああいうのは全然平気だし、それに――」
自分も向かいの席に腰かけてから、優香の顔を真正面に見据えて伝える。
「見ず知らずの他人と変な噂されるのは許せないけど、相手が俺なら大歓迎だよ」
「……え?」
「あの奥さん達が言ってたように、まだ兄貴の一周忌も終わってないから不謹慎なのは分かってるけど」
湯気の立つ温かいコーヒーが入ったカップを両手で包み込みながら、優香も宏樹の顔をじっと見る。目を逸らさなきゃいけないと、心のどこかで思いながらも、義弟の視線から逃げることができない。
「兄貴なら優香ちゃんのことを幸せにしてくれると思って諦めてたけど、相手が他の奴ではダメなんだ。それだけは許せない」
「……宏樹君?」
ふぅっと大きく息を吐いて呼吸を整えてから、宏樹はいつもどおりの人懐っこい笑顔で笑う。
「でも安心してくれていいよ。俺だって兄貴のことは好きだし尊敬してるし、まだ一周忌も済んでない内に、兄嫁のことを口説こうなんて思ってないから」
「く、口説くって……?!」
「気付いてなかった? 俺、ずっと優香ちゃんのこと好きだったんだけど。兄貴が初めて家に連れて来た時から、ずっとね」
何を言われてるのか、優香は頭が混乱しそうになる。パクパクと口だけが動いているのに言葉が出て来ない。そんな風に動揺している義姉の様子をおかしそうに笑って、宏樹は合皮のカバーが付いた分厚い手帳を開いて話し出す。
「今日は午後から一件、打ち合わせの予定が入ってるから、それまでに見える範囲だけでも大まかに片付けて貰えると助かるかな」
急に話題を仕事のことに切り替えられても、直前に掛けられた言葉が頭から離れない。
――からかわれただけ、だよね……?
背が高く、優しい顔立ちに公認会計士という堅実な肩書、絵に描いたようなハイスペックな宏樹が、平凡な子持ち主婦だった自分のことを本気で想ってくれてた訳がない。そもそも優香は彼の実兄である大輝の妻で、陽太という息子までいるのだから。
夫のことを思い出さない日はないし、自分は将来も大輝だけの妻でいたいと思っている。そう簡単に他の人の元へなびいていけるほど、器用な性格はしていない。