あなたが居なくなった後
大雨の中を宏樹が運んできてくれたランタンの灯りは、ただ対象物を照らす為の懐中電灯とは違って、部屋全体を一気に明るくしてくれた。視界が広がったことで不安な気分も軽減し、こんな非日常な状況もたまには悪くないのではと楽しむ余裕すら出てくる。さっきまではあんなに不安だったのに不思議だ。
「大輝のだから、気にせず使ってね」
タオルと一緒に、夫のTシャツとスウェットパンツを探し出してきて宏樹へと渡す。夫が使っていた物はまだ何一つ処分できずにいる。無理して気持ちを切り替える必要は無いと思っているから、捨てようと思ったことは一度もない。いつか陽太が大きくなった時、父の物をお下がりしたいと言い出してくれたらなんて、気の長いことを考えてしまう。
雨は一向に止む気配なく、さらに風が強くなってきている。庭木がバサバサと派手な音を立てているから、明日の朝は周辺が落ち葉で悲惨なことになっていそうだ。
無地の白Tシャツに着替えた宏樹が、カーテンを捲って外の様子を伺っている。夫の服を着ていても、宏樹と大輝では後ろ姿も全然違う。背は同じくらいなはずだが、兄弟と言っても体型までは似ないみたいだ。宏樹もそれなりに鍛えていそうだからヒョロヒョロという訳でもないのだけれど……。細マッチョとゴリマッチョの差だ。
「かなり広範囲で停電してるから、しばらくは電車も動かないんだろうな。信号も消えて道もかなり混乱してたし、明日は臨時休業にするしかないか」
「今夜のは台風並みらしいね。宏樹君、喉乾いてない? お水くらいしかないけど……」
グラス2個にミネラルウォーターを注ぎ入れて、優香は宏樹の分をソファーテーブルに置いた。冷蔵庫の中はかろうじて温度を保ってくれていて、エアコンが切れてじっとりと蒸し暑くなった室温の中、冷えた水温が身体に心地よく染み入る。溶けかけて小さくなっていた氷が、コロンと涼し気な音をたてていた。
宏樹もソファーへ腰かけて、ランタンでぼんやりと明るい視界の中、和室ですやすやと眠っている甥っ子を眺め見ていた。停電でパニックになってないかと心配して駆け付けてくれたみたいだが、彼以上に心配症だった兄が防災グッズを用意していない訳がなかった。ホッとしたせいか急に喉の渇きを感じて、宏樹はミネラルウォーターを一気に飲み干した。
「じゃあ、平気みたいだから帰る。服はこのまま借りてくね。さっきの袋にパンの缶詰とか、非常食が入ってるから陽太と食べといて」
「え、帰るの?! ダメダメ、危ないってば。風もゴーゴー言ってるじゃない?」
「車だから、大丈夫だって」
「ううん、大丈夫じゃない! 信号も止まってるんでしょ? 無理して帰って事故に合ったらどうするの?! どうせ明日の朝には止むんだから――」
部屋干ししていたスーツはまだ半渇きだったが、それらをまとめて持つ宏樹を、優香は慌てて引き留める。電気も水道も止まってしまって不便かもしれないけど、この大嵐の中を外に出るよりはマシだと必死で力説する。
「宏樹君が来てくれて、すごく心強かったんだから……。朝まで、一緒にいてよ」
「大輝のだから、気にせず使ってね」
タオルと一緒に、夫のTシャツとスウェットパンツを探し出してきて宏樹へと渡す。夫が使っていた物はまだ何一つ処分できずにいる。無理して気持ちを切り替える必要は無いと思っているから、捨てようと思ったことは一度もない。いつか陽太が大きくなった時、父の物をお下がりしたいと言い出してくれたらなんて、気の長いことを考えてしまう。
雨は一向に止む気配なく、さらに風が強くなってきている。庭木がバサバサと派手な音を立てているから、明日の朝は周辺が落ち葉で悲惨なことになっていそうだ。
無地の白Tシャツに着替えた宏樹が、カーテンを捲って外の様子を伺っている。夫の服を着ていても、宏樹と大輝では後ろ姿も全然違う。背は同じくらいなはずだが、兄弟と言っても体型までは似ないみたいだ。宏樹もそれなりに鍛えていそうだからヒョロヒョロという訳でもないのだけれど……。細マッチョとゴリマッチョの差だ。
「かなり広範囲で停電してるから、しばらくは電車も動かないんだろうな。信号も消えて道もかなり混乱してたし、明日は臨時休業にするしかないか」
「今夜のは台風並みらしいね。宏樹君、喉乾いてない? お水くらいしかないけど……」
グラス2個にミネラルウォーターを注ぎ入れて、優香は宏樹の分をソファーテーブルに置いた。冷蔵庫の中はかろうじて温度を保ってくれていて、エアコンが切れてじっとりと蒸し暑くなった室温の中、冷えた水温が身体に心地よく染み入る。溶けかけて小さくなっていた氷が、コロンと涼し気な音をたてていた。
宏樹もソファーへ腰かけて、ランタンでぼんやりと明るい視界の中、和室ですやすやと眠っている甥っ子を眺め見ていた。停電でパニックになってないかと心配して駆け付けてくれたみたいだが、彼以上に心配症だった兄が防災グッズを用意していない訳がなかった。ホッとしたせいか急に喉の渇きを感じて、宏樹はミネラルウォーターを一気に飲み干した。
「じゃあ、平気みたいだから帰る。服はこのまま借りてくね。さっきの袋にパンの缶詰とか、非常食が入ってるから陽太と食べといて」
「え、帰るの?! ダメダメ、危ないってば。風もゴーゴー言ってるじゃない?」
「車だから、大丈夫だって」
「ううん、大丈夫じゃない! 信号も止まってるんでしょ? 無理して帰って事故に合ったらどうするの?! どうせ明日の朝には止むんだから――」
部屋干ししていたスーツはまだ半渇きだったが、それらをまとめて持つ宏樹を、優香は慌てて引き留める。電気も水道も止まってしまって不便かもしれないけど、この大嵐の中を外に出るよりはマシだと必死で力説する。
「宏樹君が来てくれて、すごく心強かったんだから……。朝まで、一緒にいてよ」