あなたが居なくなった後
 子供と二人だけの時は雷の音が怖くて仕方なかった。懐中電灯の電池が途中で切れたらどうしようとか、風が強すぎて屋根が飛んでいくんじゃないかとか、そういうマイナスな想像ばかりして不安だった。荒れた天候の中、陽太と二人きりでぽつんと孤立している気分だった。

 でも、宏樹が心配して訪ねて来てくれて、誰かに気に掛けて貰えたのが嬉しくて、孤立してるんじゃないと分かって、心底ほっとした。宏樹は少し考えているようだったが、しばらくしてから再びスーツをハンガーに干し直し、ソファーへと戻ってくる。

「分かった。朝まで居させてもらうよ」
「じゃあ、お布団を用意するね」
「俺はソファーでいいよ」

 言いながら、宏樹はソファーの肘置きを枕にしてゴロンと横になる。背の高い彼には二人掛けソファーは狭そうに見えたが、平気平気と横向きに丸くなって目を閉じていた。

 優香も和室で陽太の隣に布団を敷いて、その上に寝転がった。目を閉じれば外の激しい風の音の中、救急車両のサイレンも聞こえてくる。寝るにはランタンは少し明る過ぎるなと思いながらも、守られているという安心感に優しく包まれたせいだろうか、気付くといつの間にか眠っていた。

 朝、遮光カーテンの隙間から漏れる日の光に、自然と目が覚めた。枕の下に手を突っ込んでスマホを探し出すと、タップして時刻を確認する。もう少しくらい寝ててもいいかという時間だったが、同じタイミングで起き出した陽太が、隣の子供布団でモゾモゾと動き始める。

「おはよう、陽太」

 布団から手を伸ばして、子供の髪を撫でる。寝汗で額に張り付いた前髪を横に撫でつけて七三分けにされても、優香の顔を見てニコニコと嬉しそうに笑っている。しばらく布団の上でじゃれ合っていると、ソファーの方から宏樹が顔を覗かせた。

「二人とも、もう起きてるんだ?」
「おはよう。雨止んだっぽいね」

 カーテンを開けると、台風一過と言ってもいい程の晴天が広がっていた。清々しいくらいの青空の下、ゴミや落ち葉が散乱した庭に目を疑う。全く見覚えのないプランターはご近所から飛んで来た物だろうか。家を建てた時に植えてもらったオリーブの木は、無残にも真ん中から折れてしまっている。まだ一度も実を付けたことが無かっただけにショックは大きい。

「わー、荒れてるね……」
「隣に入り込んじゃってるから、あの木はもう切った方がいいな。ノコギリってある?」

 折れた樹木が隣家の庭に侵入するよう倒れてしまっているからと、優香が用意した軍手をはめて、宏樹は躊躇いなく庭へと出ていく。その様子を陽太を抱っこしながら優香は庭の隅から見守っていた。

「ごめんね、こんなことまで……」
「いいって。男手が必要な時はいつでも言って。今は、俺のことは便利な奴くらいに思ってくれてればいいよ。迷惑に思われてないだけで十分なんだから」

 切り倒した枝を処分しやすいように短く切って束ねると、邪魔にならないよう庭の隅にまとめる。一通りの作業が終わった頃に、隣の佐伯夫人が玄関から顔を出してきたが、どうやら木が倒れ込んでいたことには気付いていないみたいだった。
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