あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~

第八話・元カノ

 データで送付されてきた出納帳と、実際の領収書の額面とを照らし合わせるという単調な作業。確認が終わった分を日付順に綴じ直してと、これまで事務経験の無かった優香でもできる仕事だが、とにかく量の多さに苦戦していた。一社が終わればまた別の会社から、税務関連を請け負っている顧客から数か月置きに次々と送られてくるのだ。取引先との打ち合わせをこなしつつ、こういった事務処理も全て、宏樹は今まで一人でやってきたのかと思うと、あまりにも信じられないし、オフィス内が荒れていたのも納得してしまう。

 朝からずっとデスクに張り付いていたせいで、少し回しただけで首からゴキゴキと音が鳴る。両腕を天井に向けて伸ばし、優香はふぅっと大きく息を吐いた。
 商談があるからと、宏樹は昼前にオフィスを出て行った。既存顧客から、近辺に土地をいくつか保有する地主さんを紹介され、不動産所得の相談を受けたのだという。法人だけでなく個人からの依頼も意外とあるみたいだ。

 一人で黙々と作業していると、時間の間隔が分からなくなる。宏樹が居る時はどちらともなく、「そろそろ何か飲んで休憩する?」と声を掛け合うから、こんなに肩がガチガチになるほど根を詰めることもない。

 コーヒーでも淹れようかと椅子から立ち上がり、簡易キッチンへと向かい掛けた時、オフィス入り口のインターフォンが鳴る。今日は来客の予定は入っていないから、荷物でも届いたのだろうかと、優香はオフィスのドアを開いた。

「ヒロ、久しぶりぃ!……って、あなた、誰?」

 やたらと胸元を強調した服装の、多少の若作り感のある女が、オフィスの前で優香へ向かって聞き返してくる。パッと見は若く見えたが、よく観察するとそうでもない。髪や肌質からすると優香と同じ歳くらいだろう。襟ぐりの広いVネックカットソーからチラ見えする胸の谷間は、同性の優香でさえ目を背けてしまいたくなる。
 身体のラインが出るトップスに、ロングのフレアスカート。腕に持っているのは、カーディガンとガーリーなデザインのトートバッグ。理想的な大人のデートファッションというやつだろうか。

「私はこちらのオフィスの者ですが」
「ねえ、ここってヒロ――石橋宏樹の事務所であってます?」

 グイグイと勝手に中に入り込み、女がオフィスの中を見回している。そして、商談用スペースのソファーを見つけると、一言の断りもなしに座り始めた。
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