あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~

第十話・兄の死

 互いに支えながら、ずっと競い合って歳を重ねていくと思っていた兄の死は、突然に訪れた。仕事の移動中に掛かって来た、震えた声の母親から電話。急いで駆け付けた病院の霊安室で、兄の大輝はとても静かに眠っていた。

「……嘘、だろ?」

 宏樹が何とか喉から絞り出した台詞には、その場の誰も返事してくれなかった。安置台の横には泣き崩れた母と、まだ生後一か月の甥っ子を抱き締めて立ち尽くしたままの義姉。茫然と天井を仰いだまま動けずにいる作業着姿の男達は、兄の職場の同僚だったんだろう。

 その場でかろうじて平静を保っているのは、白衣を着た病院関係者だけ。医師のネームプレートを首から下げた男性が、静かに説明してくる。

「落下した鉄骨の下敷きになったことで、腹部圧迫により内臓が大幅に破損していました。ですが、頭部は倒れた際に打ったんでしょう、額の擦り傷だけで済んでます」

 あまりにもキレイな死に顔だったが、真っ白の布が掛けられて隠されていた身体はぐちゃぐちゃだと言う。病院に運ばれた時はすでに手遅れな状態で、治療というよりは修復の処理を受けることしか叶わなかった。

 別れの言葉を掛け合うことなく、大事な家族がこの世から去ってしまった。生まれた時からずっと身近にいた存在は、己が死ぬ寸前まで近いところにいると信じていたのに。そしてそれは、もっともっと先のことだと思っていたのに。

「年子なんて、双子育児みたいなものよ」

 実際の双子とはまた違うだろとは思っていたが、母親はいつもそう言っていた。しかも、4月生まれの大輝と、1月生まれの宏樹。年子とは言っても2歳近く離れているのだから。
 それでも学年は1つしか違わず、入園や入学の学校行事は常に2年連続で、親はかなり大変だったはずだ。その反動なのか、いつも習い事を始めるのは二人まとめてだった。兄が始めるタイミングに合わせて、宏樹も一緒に入会させられた。面倒な手続きも送り迎えもまとめる方が楽だったというのもある。

「大輝がやることは全部やりたがったから」

 常に兄と同じことをしたがる弟が、お兄ちゃんだけズルいとグズっていたせいでもあるらしい。小学校の入学を前に、大輝にだけランドセルを買った時は宥めるのが大変だったと未だに揶揄われることがある。自分はまだあと1年は保育園があるのに、4月からは一緒に小学校へ行くと言って聞かなかったと。
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