あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
 兄が出来ることは全部、自分にもできると信じていた。自分は大輝と同等だと思い込んでいたのだろう。
 でも、現実には2年近くの歳の差があり、何をやっても大輝には敵わなかった。それは至極当たり前のことなんだけれど、幼い宏樹には悔しくて仕方なかった。

 兄は常に目標でありライバルで、一番の遊び相手でもあった。玩具を共有し、夜寝る直前まで遊べる相手は大輝以外にはいない。お互いに水疱瘡の発疹を出しながら、朝から一日中ゲームして遊んだことは楽しかった思い出の一つだ。

 兄のペースに合わせて何もかもを早くから取り組み始めたおかげで、ミニバスのチームでは同学年のチームメイトの中で一番にレギュラーを勝ち取ることができたし、高校や大学の受験の際も余裕をもって対策することができた。1学年違いで産んでくれたことを、親には感謝しないといけない。今の自分があるのは、歳の近い大輝の存在があってのことだから。

 そして、宏樹が公認会計士の試験を突破した時、誰よりも喜んでくれたのも大輝だった。「頑張ってたもんな。宏樹は俺の自慢の弟だ」と涙ぐみながら掛けてくれた言葉は、決して忘れない。

 物心がついた頃には父親は病死していて、シングルマザーとして外へ働きに出ていた母親。兄弟だけで過ごす時間はとても多かった。
 父親のいない家で家族を守るのは長男である自分だという思いもあって、大輝はやたらと身体を鍛えたがるようになった。それはその後の筋肉バカにつながるのだが、最初に彼が強くなりたいと考えるようになったのは、小学校低学年だった弟が大輝よりもさらに大きな子達に泣かされて帰宅したことがキッカケだったと思う。

 下校途中にふざけた上級生達に、ランドセルを後ろから引っ張られた。今思い出すとただそれだけなのだが、年上の子達を相手に文句も言えず、宏樹は泣きながら家に帰ってきた。
 その日から、「早く大きくなって、強くなりたい」と大輝は夜寝る前に牛乳を飲み、早く起きれた日は朝から家の周りをランニングするようになった。

 家族を守る為に身体を鍛え始めた兄。けれど、これから守らなくてはいけない家族を置いて、大輝はこの世からいなくなってしまった。彼の大切な家族は、大輝の遺体の横で何も出来ずに立ち尽くしたままだ。

「なんでっ……」

 悲しみよりも、悔しさがこみ上げてくる。兄の大輝は、こんな中途半端な人生を歩んで良い人じゃない。彼は常に宏樹の前にいて、後ろから必死で追いかけてくる弟のことを、余裕の笑みを浮かべながら見ているべきなのに。

 大事な家族が生から見放されたという絶望。この怒りはどこへぶつけたらいいんだろうか。
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