あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
「俺にはそういう話は持ってこなくていいから」
「でも、あなた今はお付き合いしてる人いないんでしょう? だったら会ってみるだけでも――」
「付き合ってる人はいないよ。でも、ずっと好きな人はいる」
「あらぁ、それってどんな人? お付き合いしてないって、片思い中ってことかしら?」

 突如出てきた息子の恋バナに、義母が年甲斐もなく煌めき立つ。母親に向かってそんな話はしたくないと顔を背けながら、宏樹はちらりと優香のことを見る。その僅かな視線の反応に、姑が驚いて声を上げた。

「え、何なの?! 相手は優香さんってこと?!」
「……ああ」

 素直に頷き返す息子へ、ハァと大きな溜め息を吐いて嘆く。

「ちょっと冗談は止めなさい。勿論、優香さんがいい子なのは分かってるわ。でもね、いきなり子持ちの未亡人と一緒になりたいだなんて言われても、お母さんは賛成できないわ。だって、あなたはまだ若いし初婚よ?」

 頭も良くそれなりにモテたはずの息子が、兄嫁に片思い中だと打ち明けられても素直に応援する気にはならない。兄が死んだから弟が代わりに、なんて戦後まもなくなら珍しい話ではなかったかもしれないが、今の時代では噂の的になるのは目に見えている。

「大輝が居なくなって、優香さんもそりゃ大変だと思うわ。でもね、同情や優しさで自分の人生を犠牲にするのはダメ。後で絶対に後悔するんだから」
「違うって、俺のはそういうんじゃない。兄貴が生きてた頃からずっとだから」

 宏樹の熱い告白に、さすがの義母も「あらまぁ」と口元を抑えてニヤけている。息子からそんな話が聞けるとは思わず、少しばかり興奮気味だ。

「それに、今は俺が一方的に好きなだけだから……」

 本人を前にして、これ以上は勘弁してくれと、宏樹は気まずい顔でソッポ向く。そんな息子の反応に、さすがに義母も反対する気は失ったようで、逆に「いつからなの?」と宏樹から詳細を聞き出そうと喪服の袖を引っ張っている。

 二人の話題が自分も関わることとはいえ、今は夫の法要を終えたばかり。今はまだ、他の人のことは考える余裕なんてない。優香は和室に飾られた遺影を遠巻きに眺め、亡き夫のことを偲んでいた。
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