あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~

第十二話・空虚感

 夫が亡くなった後も、彼の私物の大半はまだ手付かずだった。衣類は勿論、その他の細かい遺品も生前のままで、将来の子供部屋にするつもりの二階の一室には、大輝が愛用していた筋トレグッズがまとめて置いてある。

 ただ唯一、真っ先に処分したのは夫の愛車。彼が通勤にも使っていた黒色のワンボックスカーは、あの事故の日からずっと会社の駐車場に停めっぱなしになっていた。バタバタして完全に忘れていたけれど、連絡を貰った後に宏樹が引き取りに行ってくれた。

「優香ちゃんが運転しないのなら、早めに処分した方がいいね。もうすぐ車検もあるし」

 他の遺品とは違い、車は保有しているだけで維持費が発生してくる。優香も免許は一応持ってはいるけれど、もう何年も運転していないからペーパードライバーだ。例え運転するにしても、いきなりワンボックスカーというのはハードルが高過ぎる。
 とは言え、車は全く乗らなければすぐに傷み始めるし、必要以上に置いていてもしょうがない。そう言って、宏樹は中古車屋を数社回って買い取りの見積もりを出して貰い、一番条件が良かったという店で売却の手続きをしてきてくれた。

 優香の妊娠が分かってから買い替えたワンボックスカー。それ以前の夫はシルバーのセダン車に乗っていた。お腹の子が男の子だと判った時、「いつかテントを買って、家族でキャンプにでも行けるといいな。あ、シートをフラットにして車中泊ってのもいいかも」とアウトドア専用のネットストアを楽しそうに眺めていた大輝のことを思い出す。

 保育園のお迎えまでの時間、一人で買い物へ行っていた優香は、家の門扉に手を掛けながら、真横にあるガランとした駐車場を眺める。本来なら夫の愛車が停められていたスペースには、今は優香のママチャリが隅っこに遠慮がちに置かれているだけだ。以前も大輝が出掛けていて車が無い時もあったけれど、あの頃にはもっとスペアタイヤや洗車グッズなんかのカー用品も置いてごちゃごちゃしていたはず。

 ――ここって、こんなに広かったっけ……?

 ここまで広く感じるのは、新築でまだ引っ越して来る前以来かもしれない。あるべき場所にあるべき物が存在しないのは、寂しさというよりも不安を感じてしまう。駐車場に感じた広さは、夫がいなくなってポッカリと空いてしまった心の穴の大きさなのだと錯覚しそうになる。

 空いているスペースを近所の人へ貸し出すという案もあったが、我が家の敷地に他人の車が停められるのもどうかと、それは保留にしてもらっている。だから今は、家へ訊ねて来た人達が停めていく、来客用でしかない。
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