あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
 大輝の死後、物足りなさを感じるようになったところは、駐車場だけじゃない。洗面台の収納スペースだって、お風呂や冷蔵庫の中にだって、なんとなく大輝が陣取って物を置いていた場所がある。髭剃り用のシェービングクリームやメンズの洗顔料、筋トレ後に飲んでいたプロテインの粉末。使用期限や賞味期限のあるものはどうしても処分するしかなかった。夫専用の物は彼の死後、少しずつ少しずつ家の中から消えていった。

 大輝の物があった場所はどこだって、車が無くなった駐車場と同じでガランとしている。そこにあった物を使う人はもう居ない。二度と帰って来ないのだと思うと、胸がきゅっと強く締め付けられる。
 ここは彼の家なのに、彼が戻って来ることはない。

 ああ、あれらを使っている大輝の姿を見ることはないのかと思うと、二階の部屋のドアを開けらずにいる。筋トレグッズだって誰かが使わなければ、その内に傷んだり錆たりしてしまうはずなのに、いつまで経っても処分できずにいた。

「……どこかに引き取って貰わないと」

 独り言のように呟いてはみるが、なかなか行動には移せない。リサイクルショップの出張買取のサイトを眺めても、実際に連絡するまではできないでいた。
 この家から夫の私物が消えていくことが、まだ耐えられない。ダンベル一つにしても、大輝との思い出が詰まっている。

「ごめん、あと2セット終わってからね」

 二人揃って外出する前、すでに用意の済んだ優香が、いつまで経っても降りてこない夫の様子を見に部屋を覗くと、大輝はまだ上半身裸のままで両手に一個ずつ持ったダンベルを上下していた。

「え、なんで今?」
「こういうのはさ、毎日欠かさずやることに意味があるんだよ」

 妻を散々待たせた上で、しれっと悪びれずに言ってくる。喋りながらも、腕は動かし続ける夫に、優香は呆れた溜め息を漏らした。そうだ、こういう人だった、と。

 「筋肉は裏切らない」と大輝はいつも言っていたが、優香だって思っていたことはある。「大輝は決して裏切らない。ただし、待たされることは頻繁にある」
 家の中にあるもの全てに、夫との思い出がある。
< 32 / 71 >

この作品をシェア

pagetop