あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
「梨乃さんの独身時代の貯金は全部使い切っちゃったらしいわ。最初はね、その範囲内で止めようって言ってたらしいんだけど、もうここまで来たらって歯止めが効かなくなってるのよ」

 だから住宅ローンの肩代わりを提案してきたのかと、優香は納得する。プライドの高そうな梨乃が、義理の妹へ金銭をたかるような発言をすることに心底驚いていた。以前の彼女なら、そんなことは決して言わなかったはずだ。それほどに兄嫁は追い詰められているのだ。まさか、と思って優香は母に確認する。

「ねえ、お母さん達からは、余計なこと言ってない?」
「言わないわよ。薬の副作用で卵巣が腫れたとか、吐き気が酷くてしばらく寝込んでたとか、いろいろ聞かされてるもの。梨乃さんの身体のこともちゃんと心配して、無理強いはしてないわ」
「本当に?」
「だって可哀そうだもの。陽太がいるから、孫のことは気にしないでっていつも言ってあげてるわ」
「もうっ、それは一番言っちゃいけないやつ!!」
「えーっ、そうなの?」

 嫁に子供がいなくても娘の子供がいるから十分。そんなことを言われて、嬉しい訳がない。兄嫁の妊活にプレッシャーを与えているのは、姑からのデリカシーの無い発言なのは明らか。自分が掛けた言葉が嫁を追い詰めている自覚が無かったらしく、それを指摘されて母は少しむくれている。
 優香は呆れを含んだ大きな溜め息を吐く。梨乃が必要以上に優香と陽太のことを敵視してくる理由が分かった。同居なんて絶対にありえない。

 母には不妊で苦しんでいる嫁の気持ちは一生分からないのだろう。自分が安産で二人の子供を二歳違いで産んだからと、30時間近く陣痛で苦しんでやっと初産を終えたばかりの優香に対して「で、二人目はいつ頃の計画なの?」と産院で平然と聞いてくるような無神経な母親なのだから。
 何を言っても無駄だと、優香は苦笑いを浮かべながら伝えた。

「私の方はもう落ち着いたから、同居させて貰わなくても平気って言っておいて」

 替えたばかりのオムツを専用のゴミ箱に捨ててから、キッチンの流しでさっとと手を洗い終えると、母が多めに淹れておいてくれたコーヒーを自分専用のマグカップに注ぎ入れる。
 母の失言で義姉がこれ以上傷つくことがないようにと願いながら、既に冷め切ってしまっているコーヒーを口に含んだ。
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