あなたが居なくなった後
 陽太の保育園への入園準備でバタバタしていた時だったから、夫を亡くしてから丁度半年になる頃だ。先にメッセージアプリ経由でこちらの都合を確認して貰っていたし、優香はその来客を心からの笑顔で出迎えた。

「お久しぶりー。わぁ、みんな大きくなったねー」

 チャイムが鳴ると同時に慌てて飛び出した玄関先には、きょろきょろと周囲の景色を物珍しそうに眺めている女性が二人立っていた。どちらも大きなマザーズバッグを肩から掛け、手には手土産らしき紙袋を下げていて、抱っこ紐を使って陽太と同じ生後半年ほどの乳児を抱きかかえている。

「ほんと、久しぶり。優香ちゃんとは一カ月健診以来だよね」
「陽太君はお昼寝中? ごめんね、タイミング悪かったかも……」
「ううん、陽太はもうすぐ起きる時間だから平気。マリちゃんもナオ君も、すごく顔がしっかりしてて、ビックリ」

 「どうぞ、上がって」と優香は二組の親子を家の中へと招いた。マリの母親の伊崎愛理が先立って入ると、その後ろにナオの母親の長瀬胡桃が遠慮がちに付いていく。二組が家に遊びに来るのはこの日が初めてだったから、優香は少し照れたような笑みを浮かべながらも迎え入れる。

 二人とは出産でお世話になった産院で知り合った。陽太と一日違いで生まれた二人とは産後の四日間を同じ病院の新生児室でベッドを並べていた仲だ。優香達の病室は完全な個室だったけれど、産後の夕食は体調が良ければ部屋ではなく食堂で病院スタッフや他の患者と一緒に食べることもでき、沐浴指導などで一緒になったり、授乳室で顔を合わせることも多く、二組が退院していく頃には連絡先を交換するくらいに仲良くなっていた。

 年齢も出身地も、職歴も全く違う三人だったが、初めての子供が同じ時期に同じ産院で生まれたという一点で繋がっている。夜中に薄暗い廊下で、寝不足な顔で赤ちゃんを抱っこしてすれ違った仲。自分自身ではなく息子が繋いでくれた縁は退院した後もメッセージアプリを通して近況を送ったりして続いていた。

 退院後、二人と再会したのは産後一カ月が過ぎた時の健診でだ。でも、あの時はお互いに付き添いで母親や夫を連れていたし、次々に診察室へ呼ばれてしまうからそう話し込めるような時間は無かった。だから外出許可が下りた後、どこかに集まってゆっくりお喋りしようと約束して別れた。

 ――でも、その健診の翌日に大輝が……。

 夫が亡くなったことは、二人にはすぐに伝えることができなかった。しばらく放心状態が続いていた優香には、そんな余裕はなかった。何とか生き続けて、陽太のお世話をするのがやっとで、あの頃の自分がどう過ごしていたのかを今はもう思い出すことが出来ないくらいだ。今こうして笑顔で二組のことを迎え入れられるようになったのが不思議だ。
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