あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
「あいつ、俺ん時の二次会の幹事は任せろって言ってたのに……」
「斎藤先輩の結婚式の、ですか? ああ、そう言えばもうすぐでしたね」
「大輝の分の招待状を持って来たんだけど、供えさせてもらってもいいかな?」
「ありがとうございます。出席させていただくことは叶いませんが、彼も喜ぶと思います」

 優香の許可を得ると、斎藤は鞄から出した白色の封筒を大輝の遺影の傍にそっと置く。夫の大学時代の友人達は、優香にとっては3学年上の先輩だ。三人とも同じミニバスのサークルで、紅一点の客――大滝若葉はそのマネージャー的な存在。そして、高校時代から大輝と付き合っていたという、元恋人でもある。

 彼らとは在学期間が一年しか被らなかったけれど、夫の長い友人として度々会話に上ることがあった。特に招待状を仏壇に供えた斎藤は大輝と勤め先が同じ業種だったこともあって、定期的に飲みに行ったりと交友を続けていたように思う。

「大輝の席は、ちゃんと用意しとくからな……」

 遺影に向かって声を掛け、ぐっと下唇を噛みしめている。その様子を見守っていた他の面子も、さらに嗚咽を漏らす。

 大輝とは高1から社会に出た後まで、十年近い時間を共にしていた若葉は、この中でも一番長く大輝のことを知っている。妻である優香よりも、ずっと長く同じ時を過ごし、彼の傍に居た。

 大学生の時には優香自身も高校から付き合っていた彼氏がいたから、当時は二人のことは何も気にしたこともなかった。サークルの盛り上げ役だった大輝の隣で、若葉はいつもケラケラと笑っていて、とても自然体で付き合っている風に見えた。
 その元カノが手で顔を覆ったまま、小さく呟いた。

「私、そのうち大輝に謝るつもりでいたのに……仕事でイライラしてて、八つ当たりした勢いで別れ話を持ち出して。ちゃんとお互いに話し合ったら良かったのにねって……」

 優香の胸が、再びキュッと痛む。陽太を抱っこする腕に、力が無意識に入っていた。

「若葉、それは今言うことじゃないだろ。奥さんの前だぞ」
「ごめんなさい……でも、私」

 顔を覆い続ける若葉の左手にはシルバーの結婚指輪が嵌っているのが見えた。彼女としては大輝に対して未練がある訳でもなく、ただ過去の行いを悔やんでいるだけなのだろう。

 でも、この人は自分よりも長く夫の傍にいたのかと思うと、優香の心は落ち着かなかった。自分は夫と同じ姓を名乗り、妻として大輝の隣に居ることができる正式な立場だ。本来なら過去の恋人の存在なんて、そこまで気にならなかっただろう。だってそれは、これからの未来も夫の隣に居られるという確証があるから。夫婦として共に過ごすしている内に、過去の人とは比べ物にならないくらいの長い時を一緒に居られるはずだったから。

 ――若葉先輩は、私よりもずっと長く大輝と一緒に居たんだよね……。

 彼女との時間を上回ることは、優香には絶対に叶わない。

「2年の時の新歓コンパで大輝が酔い潰れて寝ちゃった時とか大変だったよなぁ。あの巨体を3人がかりで引き摺って」
「そうそう、若葉のマンションが近かったから、みんなで運んだんだよな」

 落ち着いてくると客達が揃って思い出話を始める。

「次の日は二日酔いで大変だったんだよ。朝一でドラッグストアに薬買いに走ったんだから、私」
「あいつが酔っ払ってるとこ見たのは、あれきりだ。よっぽど堪えたんだろうな、以降はきっちり自制するようになったし」
「あー、あの時みんなに迷惑かけたのをメチャクチャ気にしてたからね」

 優香が知っている大輝は無茶なお酒の飲み方はしない。筋トレ命で身体は大きいがアルコールはそこまで強くなかったから、酒量はかなり制限していた。彼らが話しているのはまだ優香と出会う前の夫のことだ。

「そういや、若葉にもこっぴどく怒られたって言ってたなー」

 懐かしいげに笑う先輩達の会話を、優香は静かに微笑みながら聞いていた。自分が知らない夫の思い出話。本来ならもっと楽しく聞いていられたはずなのに、今日は胸がきゅっと痛むなぜだろう。陽太を抱っこする手が知らずに少し強くなる。
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