あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
 いつも傍にいて大らかに微笑みかけてくれていた大輝とは、もう同じ時を生きていくことができないのだ。30から歳を取ることがなくなった夫よりも、自分の方が年上になってしまう日は必ず来てしまう。同じ未来を一緒に見れないというのは、なんて残酷なことだろう。

 涙はもう出ない。けれど、寂しさは際限なく湧き上がってくる。この感情は底無しなんじゃないかと思うほどに。

 殻に籠って身動きが出来なくなりそうになっていた優香の耳に、インターフォンが鳴る音が聞こえてきた。多分、ネット通販で注文しておいた子供服が届けられたのだろう。一気に現実に引っ張り戻された気分だった。
 命がある限り、どんな時でも生活は続いていく。陽太の為にもしっかりしなきゃと、深く息を吐いてから優香は玄関ドアを開いた。

「ごめん、寝てた? 陽太のお昼寝の時間だったはずだから、優香ちゃんも一緒に寝てたら悪いなとは思ったんだけど……」

 宅配業者だと思い込んで印鑑を握りしめて出た優香は、玄関前で申し訳なさそうな顔をしている宏樹に驚く。なぜ彼はいつも、自分が人恋しいと思っている時にタイミング良く現れてくれるんだろう。

「ううん、陽太はまだ寝てるけど、私はずっと起きてるよ。寝てくれてる時にしかできないことも多いからね」

 アイロンや裁縫道具なんかは、子供が起きている時間には絶対に出せない。好奇心旺盛な陽太が、一瞬の隙に何を触るか分からないからだ。今日は寝てるのを見計らって陽太の爪を切っていたと話しながら、宏樹を中へ入るよう勧める。

「朝から片岡さんに呼び付けられて事務所に顔出したら、休日出勤のお詫びにってこれ貰っちゃって。娘さん夫婦がやってる店のパンなんだって」

 そう言われて受け取った店名入りの紙袋からは、パンの香ばしい匂いが漏れている。セクハラまがいの発言の多い、やたら偉そうな問題客も、さすがに今日が休業日だということは把握していたらしい。

「美味しそうだね」
「結構、人気店らしいよ。パンなら陽太も食べられるものがあるかと思って」

 一緒に住んでいる義母はご飯派だからと、優香達にお裾分けに来てくれたのだという。どんな理由で訪問した時も、宏樹は必ずリビングへ通された後は隣接する和室の仏壇へと向かう。そして、亡き兄の遺影をじっと見つめて静かに手を合わせるのだ。

「……今日って結婚記念日だったよね、確か」
「宏樹君、覚えてくれてたんだ」

 そりゃあね、と小さく呟くと、宏樹は大輝の写真を睨みつける。

「俺にとっては、完全に敗北した日だったからね。忘れる訳がないよ」
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