あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
第十八話・保育園からの電話
オフィスビル前の市道を、救急車両が駅の方角へ向かってサイレンを鳴らし走り抜けていく。換気の為に窓を少し開けていたせいで、その騒々しさに優香は眉を潜めていた。パトカーと救急車がほぼ同時に通過していったので、駅前で何か事件でも起こったのだろうか。
再び静寂を取り戻したオフィス内には、カチカチというキーを叩く音とマウスの操作音だけになる。普段は饒舌な宏樹も、作業中に余計な声は掛けてこない。元々、独立後は一人きりでやってきた人だから、黙々と仕事をこなすのが得意なのだろう。優香自身もお喋りしながらだとすぐ手が止まってしまうから、静かに集中して作業できるのはありがたい。
確認し終えた伝票の束をホチキス止めしていると、デスクの隅に置いていた優香のスマホが鳴りだした。マナーモードにはしていたけれど、バイブの低い音と振動に慌てて手に取って液晶を確認する。――番号登録済みだったから『みつば保育園』と表示された着信の知らせに、優香はハッとして宏樹の方を見る。
「……陽太の保育園からだ」
出てもいいよと宏樹が頷き返したのを確かめてから、スマホの通話ボタンをタップする。園からの電話が掛かってくるのは、陽太に何かがあったからだ。少し緊張しながら出る。
「はい。石橋です」
電話の向こうからは、聞き慣れた保育士の声。乳児クラスの担任は、普段と変わらずおっとりとした話し方で、園での今日の陽太の様子について説明してくる。短い返事を繰り返してから、優香は電話を切った。その様子を自分のデスクから心配そうな視線を送ってきていた宏樹へ、困った表情で通話の内容を報告する。
「陽太、熱出てるみたい。迎えに行かないといけないから、今日は早退させて貰ってもいいかな?」
時期的なこともあり、保育園ではインフルエンザが流行り始めている。特に上に兄弟がいる二人目や三人目の多い乳児クラスだから、発症する子が出るのは早いだろうとは覚悟していた。しかも、まだマスクやうがいが出来ない月齢ばかりが集まっているから、一人でも出たら一気にクラス中が感染してしまうはずだ。
「早退は別に構わないよ。そのまま保育園に?」
「うん、迎えに行って小児科に連れてかなきゃ……インフルかもしれないし」
デスクの上を片付けながら、診察券と保険証がしまってある場所を頭に思い浮かべる。熱を出しているらしいが、本人はいたって元気で普段通りに遊んでいるというのは救いだ。
「そっか。じゃあ、車を出した方がいいよね。俺も行くよ」
宏樹はノートパソコンをパタンと閉じると、デスクの引き出しから車のキーを取り出す。体調を崩している甥っ子を電車で移動させる訳にもいかないし、ここで一人で残っていても気が気じゃないし仕事にもならない。
「ごめんね。ありがとう」
申し訳なさそうに礼を言う義姉は、いつまで経っても他人行儀だ。相手が大輝なら、そんな困った顔はしないのだろう……。
再び静寂を取り戻したオフィス内には、カチカチというキーを叩く音とマウスの操作音だけになる。普段は饒舌な宏樹も、作業中に余計な声は掛けてこない。元々、独立後は一人きりでやってきた人だから、黙々と仕事をこなすのが得意なのだろう。優香自身もお喋りしながらだとすぐ手が止まってしまうから、静かに集中して作業できるのはありがたい。
確認し終えた伝票の束をホチキス止めしていると、デスクの隅に置いていた優香のスマホが鳴りだした。マナーモードにはしていたけれど、バイブの低い音と振動に慌てて手に取って液晶を確認する。――番号登録済みだったから『みつば保育園』と表示された着信の知らせに、優香はハッとして宏樹の方を見る。
「……陽太の保育園からだ」
出てもいいよと宏樹が頷き返したのを確かめてから、スマホの通話ボタンをタップする。園からの電話が掛かってくるのは、陽太に何かがあったからだ。少し緊張しながら出る。
「はい。石橋です」
電話の向こうからは、聞き慣れた保育士の声。乳児クラスの担任は、普段と変わらずおっとりとした話し方で、園での今日の陽太の様子について説明してくる。短い返事を繰り返してから、優香は電話を切った。その様子を自分のデスクから心配そうな視線を送ってきていた宏樹へ、困った表情で通話の内容を報告する。
「陽太、熱出てるみたい。迎えに行かないといけないから、今日は早退させて貰ってもいいかな?」
時期的なこともあり、保育園ではインフルエンザが流行り始めている。特に上に兄弟がいる二人目や三人目の多い乳児クラスだから、発症する子が出るのは早いだろうとは覚悟していた。しかも、まだマスクやうがいが出来ない月齢ばかりが集まっているから、一人でも出たら一気にクラス中が感染してしまうはずだ。
「早退は別に構わないよ。そのまま保育園に?」
「うん、迎えに行って小児科に連れてかなきゃ……インフルかもしれないし」
デスクの上を片付けながら、診察券と保険証がしまってある場所を頭に思い浮かべる。熱を出しているらしいが、本人はいたって元気で普段通りに遊んでいるというのは救いだ。
「そっか。じゃあ、車を出した方がいいよね。俺も行くよ」
宏樹はノートパソコンをパタンと閉じると、デスクの引き出しから車のキーを取り出す。体調を崩している甥っ子を電車で移動させる訳にもいかないし、ここで一人で残っていても気が気じゃないし仕事にもならない。
「ごめんね。ありがとう」
申し訳なさそうに礼を言う義姉は、いつまで経っても他人行儀だ。相手が大輝なら、そんな困った顔はしないのだろう……。