あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
 念のためにとマスクを着用して保育室へ顔を覗かせた優香は、隅っこで積木遊びしている陽太の姿にホッとした。少しだけ吐き戻したせいか着替えさせてもらったみたいで、朝に着せていたのとは別のトレーナーを着ている。それ以外は登園時と変わらない顔色で、室内に流れている音楽に合わせて玩具を上下に振ってご機嫌そうだ。

「微熱より少しあるくらいで、嘔吐も咳込んだ勢いでという感じです。ご本人さんもとても元気で、いつも通りなんですけどね」
「そうですか、すみません……これから病院に連れていきます」
「お熱もそれほど高くはないので大丈夫だとは思いますが、もしインフルだった場合は、園の方へご連絡いただけますか?」

 担任保育士の言葉に、「分かりました」と返事して、すでにまとめておいて貰っていた荷物一式を受け取る。そして、優香の姿を見つけて嬉しそうに駆け寄って来た息子を、片方の腕で抱き上げた。腕から伝わってくる体温は、確かにいつもより僅かに高めだ。

 ありがとうございました、と礼を言ってから園舎を出ると、駐車場で待ってくれていた宏樹の車へ乗り込みかける。後部座席には来る際には無かったはずのチャイルドシートが設置されていて、優香は驚いた顔で運転席の宏樹のことを見た。

「このチャイルドシートって……?」
「兄貴の車にあったやつだよ。廃車にした後に外して家で保管してたの見つけたから、いつでも使えるようにトランクに積んでたんだ」

 産後に退院する時と一か月検診しか出番がなかった、陽太のチャイルドシート。たった二回しか使っていないから、まだ新品同様だ。妊娠中に夫と二人でネットの口コミを見てあーだこーだと言い合いながら決めた、国内メーカーの物。

 助手席を見ると、取り扱い説明書が無造作に置かれていたから、今さっき優香がお迎えに行っている内に宏樹はそれを見ながら一人で設置してくれたのだろう。独身の彼にそんなことまでさせてしまって、段々と申し訳なくなってくる。

「ごめんね、チャイルドシートなんて付けてたら、宏樹君の出会いが遠のいちゃうよね」
「また、そんなことを言う……」

 呆れたように笑いながら、宏樹は車のエンジンをかける。

「一旦、家に戻るんだよね? 小児科って、あのクマの看板のところ?」
「うん、そう。診察券と保険証を取りに行かないと。……なんか、ごめんね」
「いいよ。俺が一緒に居たくて、勝手にやってるだけなんだからね」

 当たり前のように傍にいてくれる宏樹のさりげない優しさ。ダメだとは思いつつも、つい甘えてばかりになってしまっている。
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