あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
「ほら、優香ん家なら一軒家だし、うちの会社からも近いしね。あ、勿論、お世話になってる間は家事も手伝わせてもらうつもりでいるから」

 どうも話を聞いている限り、今晩一泊だけのつもりではなさそうだ。長く居候する気満々の葵に、優香は呆れを通り越して感心すらしてしまう。

「うちは別に構わないよ。陽太と二人だけだし」

 普段、家に居る間は陽太を相手に独り言のように喋るだけだ。こうやって葵を相手にしていると、なんだか久しぶりに人とまともに話している気分になる。特に、夫が亡くなってからは、気を使ってくれているのか友人知人の大半から距離を置かれてしまっているから。

 結婚後は独身の友達と会う機会は一気に減り、既婚の知り合いも子供の有無で連絡の頻度が変わった。どうしても同じ立場の者同士で会う方が楽だし、共通の話題も多いから。

 その、同じ主婦目線で話が出来ていた友人達も、優香が未亡人になった後には疎遠になりつつあった。優香の前では夫の愚痴を口にしづらいとでも思われているのだろうか。今、優香はどの友人グループにも属せないでいた。

 その点、葵は独身の時も結婚後も変わらず連絡をくれる貴重な存在だ。結婚した後も、子供を産んだ後も、そして、夫を亡くして未亡人になってしまった後も。葵からの距離が変わることはなかった。

 その時、二人の話し声に起きかけたのか、陽太が短く泣き声を上げる。と、息子の元へそっと駆け寄って、優香は布団の上から優しくトントンと叩いて寝かしつける。その姿をソファーから眺めながら、葵が感心したように言う。

「へー、優香もしっかりママしてるんだねー」

 その言い方が少し寂しそうに思えて、優香は聞き返す。

「彼氏との喧嘩って、何が原因なの?」
「んー、何が原因なんだろ……今回はお互いにいろいろ言い合ったからねー」

 少し考えながら、来る時に買って来たというコンビニのビニール袋の中に手を突っ込んで、ペットボトルを二本取り出す。優香の分と差し出された麦茶を受け取りながら、葵の向かいに腰かけて、友人が話し始めるのを黙って待った。

 葵は自分用のジャスミン茶のキャップを捻って一口飲むと、ハァと大きな溜め息を吐く。一緒に働いている時も彼女はいつもジャスミン茶を好んで飲んでいた。優香はあの独特の癖のある香りは苦手だったが、それを言うと必ず「パクチーを食べれる人に言われたくないなー」と言い返された。パクチーとジャスミンの香りを比べるところがよく分からない。
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