あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
優香からの問いかけに、葵は両手で包み込むように持つペットボトルをじっと見つめている。そして、またもう一度深い溜め息を吐いた。
「彼氏と結婚の話になったんだけどさ、向こうはまだ先でいいって言うんだよね。あれ絶対に、これまで結婚なんて考えたこと無かったんだよ」
「付き合って何年だっけ?」
「もうすぐ4年。一緒に住むようになってからは来月で2年になるかな。同棲する気があるなら結婚も考えてくれてると思うでしょ、普通は……」
葵も優香と同じで今年で28歳になる。周りに既婚者が増えて、結婚適齢期を強く意識し始める年齢。彼女が付き合っている男性のことはそこまでよくは知らないが、二つ上だから今年で30歳になるはずだ。夜勤もあって生活時間が不規則なSE職だと聞いた記憶がある。
「まだ先って、具体的にどのくらいで考えてるか確かめた?」
「うん。私が30過ぎてからでいいって言われた。高齢出産になるのは35歳からだから、それまでに籍入れて子供を作ったら平気だろって……」
彼は後3年は今の生活を続けていきたいのだという。この3年を葵は長いと感じたから家を出て来た。3年もあれば新しい出会いもあるかもしれないし、今の相手に固執する必要もない。
高齢出産と聞いて優香は義姉の梨乃のことを頭に思い浮かべた。妊活を始めても思うように妊娠することが出来ず、焦りから平静を失いつつある義姉。望めば誰もが簡単に子供を授かる訳でもないことを、葵の彼氏に教えてあげたいくらいだ。
「別に式とか新婚旅行がしたいとかって訳じゃないんだよね。子供だって別にそこまで欲しいとは思ってないけど、産むなら少しでも若い内にって思っただけだし」
「葵はすぐにでも籍入れたいんだ?」
「……実は、そうでもないんだよね」
「え、違うの?」
葵の返答に優香は頭が混乱しそうになる。すぐに入籍したい葵と、そうじゃない彼氏とが揉めた結果の家出だと思っていたのだから。貰った麦茶のキャップを捻り、優香はごくごくと喉を鳴らして一気に半分近くを飲み干した。恋人同士の痴話喧嘩をいちいち理解しようとするのが間違ってるのかもという気がしてきた。
「だってね、何年も付き合ってるのに一度も籍入れることを考えたことが無かったっていうのが腹立たない? 籍は入れなくても私が離れていかないっていう、その自惚れた考え方にイライラするっていうか――」
勿論、入籍しても後で離婚することになるかもしれない。でも、戸籍で繋ぎ止めたい、公に仲を認めさせたいという気持ちが相手に無かったのが、葵には不満だった。結婚願望うんぬんの話の前に、相手との気持ちに温度差があったことがショックだった。
「あー、下手に同棲なんかするからズルズルしちゃってるんだよね、きっと。優香達みたいに結婚するまで一緒に住まないのが正解だったのかなぁ」
少しでも長い時間を一緒に居たいからと、葵が少し広いマンションへ引っ越した時のことを思い出す。毎日、嬉しそうに帰宅していく同僚は、昼休みには夕ご飯用のレシピの検索に余念が無かった。あの幸せそうな日々を知っているからこそ、目の前で愚痴り続ける友人の姿がバカバカしく思えてくる。
久しぶりの夜更かしに、優香は漏れそうになった欠伸を噛み殺す。
「彼氏と結婚の話になったんだけどさ、向こうはまだ先でいいって言うんだよね。あれ絶対に、これまで結婚なんて考えたこと無かったんだよ」
「付き合って何年だっけ?」
「もうすぐ4年。一緒に住むようになってからは来月で2年になるかな。同棲する気があるなら結婚も考えてくれてると思うでしょ、普通は……」
葵も優香と同じで今年で28歳になる。周りに既婚者が増えて、結婚適齢期を強く意識し始める年齢。彼女が付き合っている男性のことはそこまでよくは知らないが、二つ上だから今年で30歳になるはずだ。夜勤もあって生活時間が不規則なSE職だと聞いた記憶がある。
「まだ先って、具体的にどのくらいで考えてるか確かめた?」
「うん。私が30過ぎてからでいいって言われた。高齢出産になるのは35歳からだから、それまでに籍入れて子供を作ったら平気だろって……」
彼は後3年は今の生活を続けていきたいのだという。この3年を葵は長いと感じたから家を出て来た。3年もあれば新しい出会いもあるかもしれないし、今の相手に固執する必要もない。
高齢出産と聞いて優香は義姉の梨乃のことを頭に思い浮かべた。妊活を始めても思うように妊娠することが出来ず、焦りから平静を失いつつある義姉。望めば誰もが簡単に子供を授かる訳でもないことを、葵の彼氏に教えてあげたいくらいだ。
「別に式とか新婚旅行がしたいとかって訳じゃないんだよね。子供だって別にそこまで欲しいとは思ってないけど、産むなら少しでも若い内にって思っただけだし」
「葵はすぐにでも籍入れたいんだ?」
「……実は、そうでもないんだよね」
「え、違うの?」
葵の返答に優香は頭が混乱しそうになる。すぐに入籍したい葵と、そうじゃない彼氏とが揉めた結果の家出だと思っていたのだから。貰った麦茶のキャップを捻り、優香はごくごくと喉を鳴らして一気に半分近くを飲み干した。恋人同士の痴話喧嘩をいちいち理解しようとするのが間違ってるのかもという気がしてきた。
「だってね、何年も付き合ってるのに一度も籍入れることを考えたことが無かったっていうのが腹立たない? 籍は入れなくても私が離れていかないっていう、その自惚れた考え方にイライラするっていうか――」
勿論、入籍しても後で離婚することになるかもしれない。でも、戸籍で繋ぎ止めたい、公に仲を認めさせたいという気持ちが相手に無かったのが、葵には不満だった。結婚願望うんぬんの話の前に、相手との気持ちに温度差があったことがショックだった。
「あー、下手に同棲なんかするからズルズルしちゃってるんだよね、きっと。優香達みたいに結婚するまで一緒に住まないのが正解だったのかなぁ」
少しでも長い時間を一緒に居たいからと、葵が少し広いマンションへ引っ越した時のことを思い出す。毎日、嬉しそうに帰宅していく同僚は、昼休みには夕ご飯用のレシピの検索に余念が無かった。あの幸せそうな日々を知っているからこそ、目の前で愚痴り続ける友人の姿がバカバカしく思えてくる。
久しぶりの夜更かしに、優香は漏れそうになった欠伸を噛み殺す。