あなたが居なくなった後
「あっ、これ、けん君のと同じー」

 真後ろの棚の前で、小さな男の子が声を上げる。振り返って見ると、3歳くらいの幼児と手を繋ぎ、ベビーカーを押す母子の姿。男の子は子供用の食器セットを指差して母親に向かって興奮気味に話しかけていた。

「みーちゃんのも買ってあげようよ」
「本当だ、お兄ちゃんのと同じだね。でも、それはみーちゃんにはまだ早いかなぁ。もう少し大きくなって、ご飯が食べられるようになってからまた買いに来ようね」
「うん、そうする!」

 ベビーカーの中で静かに眠っている赤ちゃんは、陽太よりもずっと小さい。哺乳瓶の替え乳首を見ていた母親は、お目当てのメーカーの商品を見つけたのか、さっと手に取ってレジへと向かっていった。
 まだ上の子も幼いのに、二人同時のお世話は大変そうだなと感心した後、優香は胸の奥がチクりと痛むのを感じる。

 ――兄弟、かぁ……。

 息子はまだ赤ちゃんだからと考えたことは無かったが、夫を亡くした今、陽太には兄弟を作ってあげることができないのだ。再婚でもしないとそれは限りなく不可能なことで、今の優香には大輝以外との結婚生活は想像もできない。また誰かと恋愛関係になるなんて、考えたこともないのだから。

 この先に自分がする選択が息子にとっての正解になる自信なんてない。けれど、優香は陽太の母親で、唯一の肉親なのだから、この子が一番幸せになれる道を選んであげなくちゃいけないのだ。そう思うと、責任感で押しつぶされそうになってくる。
 と、バッグのポケットに入れていたスマホから振動を感じた。

「もしもし?」
「あ、優香ちゃん? 今、どこかに出掛けてる? 家へ行ったら留守だったから――」
「うん、ちょっと買い物に出てるとこ。でも、もう帰るけど。どうしたの?」

 義弟からの電話に、慌てて平静を装った。

「いや、お客さんが菓子折りを持ってきてくれて……何かあった? 声が元気ないみたいだけど」
「ううん、何もないよ。朝から歩き回って少し疲れちゃっただけ」
「そ、ならいいけど……」

 持って来ようとしていた手土産は明日にオフィスで食べてくれたらいい、と宏樹はまだ少し心配しつつも電話を切った。
 優香達親子のことを何かにつけて気に掛けてくれる義弟。その存在はとても心強くて、つい甘えてばかりになってしまう。でも、夫の弟というだけでこんなに何もかも頼り切ってしまっていいのかと、躊躇うこともある。頼りにし過ぎて、宏樹の重荷になっているんじゃないかと、いつも不安になる。
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