あなたが居なくなった後
第二十二話・会計士見習い
保育園で胃腸風邪が流行り出すと、陽太にももれなく嘔吐と下痢の症状が出てしまった。まだ免疫力も抗体も無い乳幼児だから、感染力の強い菌やウイルスが蔓延する季節はまともに登園なんてできない。月の半分が病欠なんて、珍しくはない。
世の子育て中の親達はきっと、大半の有休休暇を子供の病気で消費してしまうのだろう。有休の制度があろうとなかろうと、当日の朝に欠勤連絡をするのはそう気軽にできることじゃない。有休と引き換えに、いろんなものを犠牲にすることがある。職場での立場や信頼、作業の進捗率など。理由が子供の病気だろうが、実社会は容赦ない。
その点では優香はとても恵まれている。パートとして働かせてもらっている宏樹の会計事務所では、陽太のことを優先するようにと言ってくれるのだから。
ただ、さすがに今回は休みを貰い過ぎたかもしれないと心配にはなってくる。胃腸風邪の前には原因不明の発熱があり、二週間近くを小児科に通い続けた。ようやく回復してくれた息子を保育園へと送り出し、ささやかな差し入れのつもりでコンビニプリンを携えて事務所の入り口チャイムへと手を伸ばす。
ガチャリと中から開錠する音が聞こえた後、満面の笑みを浮かべた宏樹が出迎えた。スリーピースのジャケットを脱ぎ、ベストにネクタイ姿でシャツの袖は肘まで捲り上げている。洗い物でもしていたところだろうか。
「おはよう、優香ちゃん。陽太はもう保育園に行って大丈夫なの?」
「ずっとお休みを貰ってて、ごめんなさい。おかげさまで、今日から元気に登園してくれたよ」
「そっか、良かった」
入口扉を開けてくれた宏樹が、ホッとした表情をする。万が一に宏樹にまで感染してはいけないとお見舞いも断っていたから、こうして顔を合わせるのは久しぶりだ。心配かけまいとマメに経過報告をしていたつもりだったけど、甥っ子が無事に復活したことを心から喜んでいるようだった。
「ごめん、また散らかしまくってて。今ちょっとだけ片付け始めたんだけど……」
「あ、片付けなら私が――って、本当だね。また段ボール箱が増えてる?!」
優香の指摘に、「ああ、うん……」と宏樹が歯切れ悪く頷きながら返事をする。
「実は昨日連絡があって、前の事務所からまたいくつか引き受けることになっちゃって。で、その資料がさっき届いたとこ」
「じゃあ、以前のと同じようにファイルし直して、棚に並べていったらいい?」
「うん、よろしく。それと、あと……」
困惑顔で宏樹が髪をクシャクシャと掻き上げる。
世の子育て中の親達はきっと、大半の有休休暇を子供の病気で消費してしまうのだろう。有休の制度があろうとなかろうと、当日の朝に欠勤連絡をするのはそう気軽にできることじゃない。有休と引き換えに、いろんなものを犠牲にすることがある。職場での立場や信頼、作業の進捗率など。理由が子供の病気だろうが、実社会は容赦ない。
その点では優香はとても恵まれている。パートとして働かせてもらっている宏樹の会計事務所では、陽太のことを優先するようにと言ってくれるのだから。
ただ、さすがに今回は休みを貰い過ぎたかもしれないと心配にはなってくる。胃腸風邪の前には原因不明の発熱があり、二週間近くを小児科に通い続けた。ようやく回復してくれた息子を保育園へと送り出し、ささやかな差し入れのつもりでコンビニプリンを携えて事務所の入り口チャイムへと手を伸ばす。
ガチャリと中から開錠する音が聞こえた後、満面の笑みを浮かべた宏樹が出迎えた。スリーピースのジャケットを脱ぎ、ベストにネクタイ姿でシャツの袖は肘まで捲り上げている。洗い物でもしていたところだろうか。
「おはよう、優香ちゃん。陽太はもう保育園に行って大丈夫なの?」
「ずっとお休みを貰ってて、ごめんなさい。おかげさまで、今日から元気に登園してくれたよ」
「そっか、良かった」
入口扉を開けてくれた宏樹が、ホッとした表情をする。万が一に宏樹にまで感染してはいけないとお見舞いも断っていたから、こうして顔を合わせるのは久しぶりだ。心配かけまいとマメに経過報告をしていたつもりだったけど、甥っ子が無事に復活したことを心から喜んでいるようだった。
「ごめん、また散らかしまくってて。今ちょっとだけ片付け始めたんだけど……」
「あ、片付けなら私が――って、本当だね。また段ボール箱が増えてる?!」
優香の指摘に、「ああ、うん……」と宏樹が歯切れ悪く頷きながら返事をする。
「実は昨日連絡があって、前の事務所からまたいくつか引き受けることになっちゃって。で、その資料がさっき届いたとこ」
「じゃあ、以前のと同じようにファイルし直して、棚に並べていったらいい?」
「うん、よろしく。それと、あと……」
困惑顔で宏樹が髪をクシャクシャと掻き上げる。