あなたが居なくなった後
あと数か月もすれば、陽太も保育園に預けることができる月齢になる。市役所で貰ってきた資料を眺めた後、優香はスマホで求人情報を検索していた。とりあえずはパートでいいけれど、いずれは社員登用してもらえるのが理想だ。でも、そんな都合の良い仕事は全く見つかりそうもない。
そもそも、優香は何の資格も技術も持ってないし、大輝と結婚してからは専業主婦をしていて、社会経験もほとんど無い。いくら初心者歓迎と記載されてようが、20代後半の子持ち主婦よりも、もっと若い人材を優先して採用されるのは目に見えている。
むぅっと不機嫌に口を尖らせていると、玄関チャイムが鳴り出した。インターフォンのモニターを覗いてみれば、仕事帰りらしい宏樹がスーツ姿で立っている。背の高い彼にはカメラの位置が低すぎるのか、やや下からのアングルで見る義弟は大輝ととてもよく似ていて、亡くなったはずの夫が帰って来てくれたのかと勘違いしそうになる。
「今、開けるね」
インターフォン越しに声を掛けてから、パタパタとスリッパを鳴らして玄関へと向かう。一通りの書類は出し終わったと聞いていたのに、今日は何だろうと思いながら鍵を開ける。
ガチャリと音を立てて開いた扉から、黒のスーツに身を包んだ宏樹が一抱えある花束を差し出して言う。
「兄貴の月命日だから」
「あ、そっか。今日は6日だったね。ありがとう――どうぞ、上がって」
一瞬で玄関中に甘い香りが広がる。薔薇を中心にカスミ草で可愛くアレンジされた花束はピンクのリボンまで付けられていた。優香は受け取った花束が仏壇用の割に華やか過ぎることに軽く首を傾げた。仏花というよりはお祝い事の方が向いていそうなのだが……。
――買う時、お花屋さんにお供え用だって言わなかったんだね、きっと。
大輝と同じで肝心なところが不器用だなぁと、心の中で微笑む。5月生まれの妻へのプレゼントを購入する際、店に何も伝えていなかったせいで、母の日用のラッピングにされてしまったことがあった。「ちょっとした手違いがあって……」と照れくさそうに笑いながら渡された、カーネーション付きプレゼント。中身の腕時計は今でも優香は大事に使っている。
「陽太は?」
「起きてるよ。さっきミルク飲んだばかりだから、今はご機嫌で一人遊びしてるよ。最近、自分の手の存在を知ってしまったらしくて、デザート代わりに味わってる」
「……手がデザート?」
意味が分からないと困惑の表情を浮かべる宏樹に、「見たら分かるよ」とリビングに設置しているベビーベッドの中を指で示す。仰向けに寝転びながら、自分の右拳を口いっぱいに頬張っている甥っ子が目に入ると、宏樹は大きく噴き出していた。
「味わうっていうか、これはちょっと口に入れ過ぎじゃない?」
そもそも、優香は何の資格も技術も持ってないし、大輝と結婚してからは専業主婦をしていて、社会経験もほとんど無い。いくら初心者歓迎と記載されてようが、20代後半の子持ち主婦よりも、もっと若い人材を優先して採用されるのは目に見えている。
むぅっと不機嫌に口を尖らせていると、玄関チャイムが鳴り出した。インターフォンのモニターを覗いてみれば、仕事帰りらしい宏樹がスーツ姿で立っている。背の高い彼にはカメラの位置が低すぎるのか、やや下からのアングルで見る義弟は大輝ととてもよく似ていて、亡くなったはずの夫が帰って来てくれたのかと勘違いしそうになる。
「今、開けるね」
インターフォン越しに声を掛けてから、パタパタとスリッパを鳴らして玄関へと向かう。一通りの書類は出し終わったと聞いていたのに、今日は何だろうと思いながら鍵を開ける。
ガチャリと音を立てて開いた扉から、黒のスーツに身を包んだ宏樹が一抱えある花束を差し出して言う。
「兄貴の月命日だから」
「あ、そっか。今日は6日だったね。ありがとう――どうぞ、上がって」
一瞬で玄関中に甘い香りが広がる。薔薇を中心にカスミ草で可愛くアレンジされた花束はピンクのリボンまで付けられていた。優香は受け取った花束が仏壇用の割に華やか過ぎることに軽く首を傾げた。仏花というよりはお祝い事の方が向いていそうなのだが……。
――買う時、お花屋さんにお供え用だって言わなかったんだね、きっと。
大輝と同じで肝心なところが不器用だなぁと、心の中で微笑む。5月生まれの妻へのプレゼントを購入する際、店に何も伝えていなかったせいで、母の日用のラッピングにされてしまったことがあった。「ちょっとした手違いがあって……」と照れくさそうに笑いながら渡された、カーネーション付きプレゼント。中身の腕時計は今でも優香は大事に使っている。
「陽太は?」
「起きてるよ。さっきミルク飲んだばかりだから、今はご機嫌で一人遊びしてるよ。最近、自分の手の存在を知ってしまったらしくて、デザート代わりに味わってる」
「……手がデザート?」
意味が分からないと困惑の表情を浮かべる宏樹に、「見たら分かるよ」とリビングに設置しているベビーベッドの中を指で示す。仰向けに寝転びながら、自分の右拳を口いっぱいに頬張っている甥っ子が目に入ると、宏樹は大きく噴き出していた。
「味わうっていうか、これはちょっと口に入れ過ぎじゃない?」