あなたが居なくなった後
 送り付けられてきた資料の整理を終えると、優香は吉沢に説明しながら出納帳のチェックを始める。データ入力されている勘定科目と金額が領収書に記載された物と相違ないかを確認していくのだが、普段あまり見慣れない但し書きが出てくると、デスクの引き出しから一冊のノートを取り出す。そして、パラパラとページを捲って調べ始める。

「ああ、やっぱりこの場合は福利厚生費か……」

 従業員の家族が亡くなった時に会社から支払った香典と供花代。以前に入力した時は確か接待交際費だった気がするとは思ったが、あの時は相手が取引先関連のケースだった。客側で雑支出で登録されていたデータを修正してから、領収書の束をさらに一枚捲る。

 その優香の様子を向かいのデスクから見ていたらしい吉沢が、「マジかよ」と小さく呟いたのが聞こえてくる。

「このオフィスって、簿記の知識が無くてもいいんだ……」

 小さく鼻で笑いながら言われたのが、優香の席からもはっきりと聞き取れた。公認会計士の勉強をしている吉沢からすれば、基礎的な勘定科目すら調べながらの優香がここにいるのは場違いに見えるのだろう。でも、それは優香自身にも自覚があるし、何とかしないとダメだってことも分かってる。だから、自分でこうやってノートにまとめたりしてるんだけれど……。

「吉沢君は簿記は得意?」
「得意っていうか、税理士試験の簿記論が2級程度って言われてるんで、とりあえず簿記検定の2級は在学中に取ってます」
「えー、すごいね」
「求人条件に簿記3級程度って書いてある会計事務所が多いと思ったんですけど。やっぱあれですか、所長と苗字が同じってことは縁故採用なんですか?」
「あ、うん。宏樹君は夫の弟。仕事を探してたら、来ていいよって言って貰って。でも、ちゃんと勉強しなきゃなとは考えてるんだけどね。全く経験ないから何から始めたらいいのか……」

 自作のノートをパラパラ捲りながら、優香が困り顔で首を傾げる。優香のことを小馬鹿にしてマウントを取るつもりでいた吉沢も、そこまで卑屈になられては追撃できない。ハァと呆れたような溜め息を吐いてから、ノンフレーム眼鏡を右人差し指でくいっと押し上げた。

「初心者向けの漫画版の解説本とかあるんで、今度持ってきます。3級の問題集とか、自分はもう使わないんで」

 そう言うと、再び自分の作業へと戻る。チラリと覗き見したノートがびっしりと文字や図で埋め尽くされているのを見てしまっては、もうそれ以上言うことがなかった。
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