あなたが居なくなった後

第二十三話・迷い

 外回りついでに陽太のお迎えに付いて来た宏樹は、園舎の玄関で掲示物を何とはなしに眺めていた。手の平に乗りそうな玩具のようなサイズの靴が並ぶ乳幼児クラスの下駄箱。それぞれの名前の横のイラストシールはまだ文字が読めない子供達への目印なのだろう。陽太のところにはパトカーの物が貼られている。

 早い時間帯だからだろうか、親ではなく祖父母が迎えに来ている子もチラホラ見かけた。ただ父親の姿は一人も見なかったから、玄関前に突っ立っている宏樹は少し目立っていたのかもしれない。宏樹の目の前を保護者達が怪訝な表情で通って行く。

 「遅くなって、ごめんね」と奥から声がして振り向くと、優香が大荷物を抱えている。その隣で陽太を抱っこしている、ピンクのエプロンを着た保育士は担任なのだろう。二人は並んでにこやかに話しながら、こちらへと歩いて来た。
 宏樹のことに気付いた保育士が、腕に抱いている園児に向かって声を掛けた。

「あら、陽太くん。今日はパパも一緒にお迎えなんだ。やったね」

 ニコニコと優しい笑顔で子供に話しかけながら、保育士が陽太のことを宏樹へと当たり前のように渡してくる。腕を伸ばして甥っ子を抱きかかえ「いいえ、パパでは……」と宏樹が言葉を曇らせる。

「えっ?」
「彼は夫の弟で……」
「ああ、陽太君と雰囲気が似てるから、私はてっきり……申し訳ありません」
「いえ、兄とは顔立ちが似てるってよく言われます」

 担任だからと全ての園児の家庭事情を完全に把握している訳ではないのだろう。母親と一緒に迎えに来るのが父親だと思い込んでも仕方ない。保育士を困惑させてしまったことに、逆にこちらが申し訳なくなる。

 週末だからとお昼寝布団が入った大きな布バッグを肩に下げながら、優香が見送りに出てくれた保育士へ頭を下げて礼を言う。宏樹も小さく会釈を返してから、甥っ子を抱っこしたまま駐車場へと向かった。
 駐車場内でも何組かの園児の家族にすれ違い、互いに「こんにちは」と挨拶を交わす。

「久しぶりに抱っこしたけど、陽太、重くなったなー」

 車の後部座席に甥っ子を座らせてから、褒めるようにその頭を撫でた。褒められて素直に喜んでいる甥っ子は、会う度にどんどん表情が豊かになっていてビックリする。赤ちゃんだと思っていたのに、もうしっかりと幼児だ。こんなに逞しく成長した息子の姿を兄は知らない。死別とは残酷だ。そして、その兄のポジションにしれっと取って代わろうとしている自分は意外なほど非情なのかもしれない。

 ――別に、周りからどう思われようが関係ないか。

 おとなしく遠くから見守っている内に、他の誰かに奪われるくらいなら。一番傍に居て、常に周りを牽制し続けてやろうとさえ思う。
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