あなたが居なくなった後
自宅前の車道に車を停めてもらうと、優香は保育園から持って帰って来た荷物を抱えながら、息子を後部座席から下ろした。ヨチヨチ歩く陽太と手を繋いだまま、運転席の宏樹に声を掛ける。
「送って貰っちゃって、助かったよ。ありがとう」
「ん、じゃあ、また来週もよろしく」
車窓越しに手を振った後、ふっと顔を曇らせる。その優香の表情の変化に気付いた宏樹は、動き始めるパワーウィンドウを止めた。そして、「どうした?」ともう一度窓を開き直し、優香の顔を覗き込んだ。優香は宏樹と視線を合わせないよう、陽太の方を向きながら小さく返事する。
「ううん、何でも……じゃあ、また」
顔を上げてぎこちない笑顔を作り、首を横に振ると優香は子供の手を引いて門扉の中へと入って行こうとする。その後ろ姿に向かって、宏樹は車の中から声を掛けた。そんな顔を見せられて、黙って帰れる訳がない。
「後で、来てもいいかな? 今日はもう、この書類を届けてくるだけだから――」
振り返った優香は、少し戸惑ったような表情だったが、頷き返してから答える。
「ご飯、作って待ってるね。――宏樹君が一緒だと、陽太も喜ぶし」
「分かった。じゃあ、急いで行ってくるね」
手を振りながら窓を閉め、顧客先に向かって車を発進させる。その小さくなっていく車の後ろ姿を目で追いながら、優香は呆れた溜め息を吐いた。宏樹の嬉しそうな笑顔が、優香に罪悪感を抱かせる。
彼のことを中途半端な気持ちのまま繋ぎ止めようとするのが、ダメなことくらい分かっている。無駄に束縛しちゃいけないと頭では理解しているつもりだけれど、自分がどうしたいかが分からない。
大輝が居なくなった寂しさを他の誰かで埋め合わせしようとするのは、ただの傲慢だ。別に誰でもいい訳じゃないけれど、それは本当に宏樹じゃなきゃいけないんだろうか。義理の弟という、家族に近い存在過ぎて、自分がどう思っているのかがはっきりとは見えない。さっきみたいに子供の名前を出して引き留めた自分は、とても卑怯だ。
いつまでもこんな風だと、自分の気持ちが分かる前に向こうから愛想を尽かされてしまってもしようがない。かと言って、宏樹の気持ちを受け止める勇気も自信もないのだ。自分の狡さが本気で嫌になる。
「送って貰っちゃって、助かったよ。ありがとう」
「ん、じゃあ、また来週もよろしく」
車窓越しに手を振った後、ふっと顔を曇らせる。その優香の表情の変化に気付いた宏樹は、動き始めるパワーウィンドウを止めた。そして、「どうした?」ともう一度窓を開き直し、優香の顔を覗き込んだ。優香は宏樹と視線を合わせないよう、陽太の方を向きながら小さく返事する。
「ううん、何でも……じゃあ、また」
顔を上げてぎこちない笑顔を作り、首を横に振ると優香は子供の手を引いて門扉の中へと入って行こうとする。その後ろ姿に向かって、宏樹は車の中から声を掛けた。そんな顔を見せられて、黙って帰れる訳がない。
「後で、来てもいいかな? 今日はもう、この書類を届けてくるだけだから――」
振り返った優香は、少し戸惑ったような表情だったが、頷き返してから答える。
「ご飯、作って待ってるね。――宏樹君が一緒だと、陽太も喜ぶし」
「分かった。じゃあ、急いで行ってくるね」
手を振りながら窓を閉め、顧客先に向かって車を発進させる。その小さくなっていく車の後ろ姿を目で追いながら、優香は呆れた溜め息を吐いた。宏樹の嬉しそうな笑顔が、優香に罪悪感を抱かせる。
彼のことを中途半端な気持ちのまま繋ぎ止めようとするのが、ダメなことくらい分かっている。無駄に束縛しちゃいけないと頭では理解しているつもりだけれど、自分がどうしたいかが分からない。
大輝が居なくなった寂しさを他の誰かで埋め合わせしようとするのは、ただの傲慢だ。別に誰でもいい訳じゃないけれど、それは本当に宏樹じゃなきゃいけないんだろうか。義理の弟という、家族に近い存在過ぎて、自分がどう思っているのかがはっきりとは見えない。さっきみたいに子供の名前を出して引き留めた自分は、とても卑怯だ。
いつまでもこんな風だと、自分の気持ちが分かる前に向こうから愛想を尽かされてしまってもしようがない。かと言って、宏樹の気持ちを受け止める勇気も自信もないのだ。自分の狡さが本気で嫌になる。