扉を壊して、閉じ込めて
 帰還の挨拶を言い終えるより先に、きつく抱き締められていた。

「おかえり、小春。……一体どこまで隠れてしまったのかと、心配でならなかったよ」

 ああそうだ、かくれんぼの最中だったと、小春は温かい胸に額を寄せる。

「ずっと捜してくださったのですか……?」
「当たり前だろう。けど世界中を捜し回っても、どこにもいなくてね。参ってしまったよ。見付けたと思ったら君は大人になっているし、僕のことも覚えていないしで」

 本当に参ってしまった、と氷雨は苦笑混じりに言う。
 故郷に帰らなければと頻りに言いながら、ここがその故郷であることすら分からない小春に、氷雨だけでなく屋敷の者全員が胸を痛めたことだろう。
 まだ知っている顔がいるなら、後で声を掛けなくては──と小春がぼんやり考えていたら、不意に唇を奪われた。

「氷雨さま、っ?」

 息継ぎも危うくなるような口付けに、小春は戸惑いつつも拙く応じる。
 やがて解放された小春が息も絶え絶えに彼を見上げれば、真紅の双眸がぞくりとするような眼光でこちらを見詰めていた。

「しばらく他のことは考えないで、小春。僕だけを見て、僕だけを感じていればいい」
「あ……」
「……もう妙な扉には触れてはいけないよ。絶対に」
「は、い」

 唇を啄みながら何度も言い含められ、小春は途切れ途切れに返事をする。その傍ら、大きな手で体を撫で下ろされれば、意図せず肩が跳ねてしまった。
 握り締めた手を開かせ、指を一つ一つ絡め取った氷雨は、こつりと額を付き合わせて囁く。

「小春。僕の可愛い小春。もう二度といなくならないと、誓って」

 苦しげな声音に、小春もまた胸を締め付けられながら、何度も頷いて見せた。

「はい。……だって私、記憶がなくても、ずっと氷雨さまの元に帰りたかったのです。自ら離れる道理など、ございません」

 そう言って少しだけ背伸びをして、彼がしてくれたように口付ける。
 氷雨が目を丸くしていることに気が付いて、じわじわと羞恥に見舞われてしまったが、それも束の間のこと。
 あっという間にまた押し倒され、既視感を覚える暇もなく彼の気が済むまで貪られたのだった。


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