扉を壊して、閉じ込めて
またくぐることの叶わなかった扉を思い返しながら、アリスはぼうっと天井の梁を見詰めていた。
何枚も重ねられたやわらかな畳の寝床。手触りのよい布団を首元まで掛けられていたアリスは、何ともなしにその感触を指先で探る。
開け放たれた障子の向こうでは、白い玉砂利が敷き詰められた緑豊かな庭が広がっている。淡い青空に木々がさざめく中、野鳥のさえずりが高らかに響いた。
そんな長閑な景色を見ていても、アリスの心は焦りで一杯だった。
早く扉をくぐらねば。
早く次の世界へ行かなければ。
早く、早く、早く。
突き動かされるようにがばりと身を起こしたなら、同時に襖が開かれる。
白髪の男──氷雨だ。彼は今にも部屋を飛び出そうとしていたアリスを見付けると、ゆるやかな笑みと共に肩を竦めた。
「眠れないかい? 子守唄でも歌おうか」
「……い、いりません」
「そう。なら僕と遊ぶ?」
「あっ」
とん、と肩を指先で押されれば、アリスは簡単に倒れてしまう。それほど肉体が弱っている証拠なのだが、彼女は訳が分からないといった顔でおろおろと自分の手足を見下ろしていた。
するとおもむろに膝をついた氷雨が、彼女の乱れた着物をゆったりとした手つきで直していく。そこでようやくアリスは裾が捲れていることに気付き、慌てて足を引っ込めた。
「あの、自分で」
「アリス、あと何度試したら諦めてくれる?」
ここへ来てから何度も投げかけられた問いに、アリスは閉口する。
蛇のような真紅の瞳を直視することが出来ず、ふいと鼻先を逸らして言った。
「……何度でもです」
「あの扉をくぐるたびに、君の体が壊れていくとしてもかい」
「壊れていません。少し、疲れるだけで」
「ふうん。少しね」
氷雨がくつくつと笑う。
アリスは彼のこの笑い方が苦手だった。赤い唇は弧を描いているのに、その瞳はちっとも笑っていない。
むしろ、腹立たしいとばかりに細められていたから。
何枚も重ねられたやわらかな畳の寝床。手触りのよい布団を首元まで掛けられていたアリスは、何ともなしにその感触を指先で探る。
開け放たれた障子の向こうでは、白い玉砂利が敷き詰められた緑豊かな庭が広がっている。淡い青空に木々がさざめく中、野鳥のさえずりが高らかに響いた。
そんな長閑な景色を見ていても、アリスの心は焦りで一杯だった。
早く扉をくぐらねば。
早く次の世界へ行かなければ。
早く、早く、早く。
突き動かされるようにがばりと身を起こしたなら、同時に襖が開かれる。
白髪の男──氷雨だ。彼は今にも部屋を飛び出そうとしていたアリスを見付けると、ゆるやかな笑みと共に肩を竦めた。
「眠れないかい? 子守唄でも歌おうか」
「……い、いりません」
「そう。なら僕と遊ぶ?」
「あっ」
とん、と肩を指先で押されれば、アリスは簡単に倒れてしまう。それほど肉体が弱っている証拠なのだが、彼女は訳が分からないといった顔でおろおろと自分の手足を見下ろしていた。
するとおもむろに膝をついた氷雨が、彼女の乱れた着物をゆったりとした手つきで直していく。そこでようやくアリスは裾が捲れていることに気付き、慌てて足を引っ込めた。
「あの、自分で」
「アリス、あと何度試したら諦めてくれる?」
ここへ来てから何度も投げかけられた問いに、アリスは閉口する。
蛇のような真紅の瞳を直視することが出来ず、ふいと鼻先を逸らして言った。
「……何度でもです」
「あの扉をくぐるたびに、君の体が壊れていくとしてもかい」
「壊れていません。少し、疲れるだけで」
「ふうん。少しね」
氷雨がくつくつと笑う。
アリスは彼のこの笑い方が苦手だった。赤い唇は弧を描いているのに、その瞳はちっとも笑っていない。
むしろ、腹立たしいとばかりに細められていたから。