扉を壊して、閉じ込めて


 アリスは故郷に帰りたかった。
 幼い頃、不思議な扉を開けてしまったあの瞬間から。

 その日は誰かと遊んでいた。アリスがとても慕っていた人だった。
 家族のような、友人のような、いやそれ以上の何かだったような。
 とにかく幼い自分はその人のことが大好きで、一緒に遊ぶ日を指折り数えていたことは覚えている。

 久しぶりに会えた日は決まって浮かれていた。
 遊ぶ時間は短かったから、何をするかはあらかじめ決めておいた。ひとまずその人に一頻り頭を撫でてもらってから、かくれんぼがしたいと言った。
 そうして庭の茂みに隠れて、見付けてもらう前に、見付けてしまった。

 あの扉を。

『助けておくれ』
『アリス、アリス』
『人々を救っておくれ』

 扉の向こうからは、切実な声が聞こえてきた。
 苦しそうだった。痛そうだった。悲しそうだった。
 誰かが、自分が助けてあげなくてはと、扉に手をかけてしまったのだ。

 それで──。
 




「……小春」

 長い間奪われていた名前は、思いのほかすんなりと耳に馴染んだ。
 目を覚ますと、また頬に涙がぽろぽろと転がり落ちる。
 しかしそれは自分のものだけではなくて、すぐそばに腰掛けた彼が落としたものでもあった。
 幼い頃のように頭を撫でて、不安げにこちらを見詰める真紅の瞳は、彼女がずっと求めていたものだった。


「氷雨、さま。……ただいま、戻りました」

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