扉を壊して、閉じ込めて
◆
アリスは故郷に帰りたかった。
幼い頃、不思議な扉を開けてしまったあの瞬間から。
その日は誰かと遊んでいた。アリスがとても慕っていた人だった。
家族のような、友人のような、いやそれ以上の何かだったような。
とにかく幼い自分はその人のことが大好きで、一緒に遊ぶ日を指折り数えていたことは覚えている。
久しぶりに会えた日は決まって浮かれていた。
遊ぶ時間は短かったから、何をするかはあらかじめ決めておいた。ひとまずその人に一頻り頭を撫でてもらってから、かくれんぼがしたいと言った。
そうして庭の茂みに隠れて、見付けてもらう前に、見付けてしまった。
あの扉を。
『助けておくれ』
『アリス、アリス』
『人々を救っておくれ』
扉の向こうからは、切実な声が聞こえてきた。
苦しそうだった。痛そうだった。悲しそうだった。
誰かが、自分が助けてあげなくてはと、扉に手をかけてしまったのだ。
それで──。
◆
「……小春」
長い間奪われていた名前は、思いのほかすんなりと耳に馴染んだ。
目を覚ますと、また頬に涙がぽろぽろと転がり落ちる。
しかしそれは自分のものだけではなくて、すぐそばに腰掛けた彼が落としたものでもあった。
幼い頃のように頭を撫でて、不安げにこちらを見詰める真紅の瞳は、彼女がずっと求めていたものだった。
「氷雨、さま。……ただいま、戻りました」
アリスは故郷に帰りたかった。
幼い頃、不思議な扉を開けてしまったあの瞬間から。
その日は誰かと遊んでいた。アリスがとても慕っていた人だった。
家族のような、友人のような、いやそれ以上の何かだったような。
とにかく幼い自分はその人のことが大好きで、一緒に遊ぶ日を指折り数えていたことは覚えている。
久しぶりに会えた日は決まって浮かれていた。
遊ぶ時間は短かったから、何をするかはあらかじめ決めておいた。ひとまずその人に一頻り頭を撫でてもらってから、かくれんぼがしたいと言った。
そうして庭の茂みに隠れて、見付けてもらう前に、見付けてしまった。
あの扉を。
『助けておくれ』
『アリス、アリス』
『人々を救っておくれ』
扉の向こうからは、切実な声が聞こえてきた。
苦しそうだった。痛そうだった。悲しそうだった。
誰かが、自分が助けてあげなくてはと、扉に手をかけてしまったのだ。
それで──。
◆
「……小春」
長い間奪われていた名前は、思いのほかすんなりと耳に馴染んだ。
目を覚ますと、また頬に涙がぽろぽろと転がり落ちる。
しかしそれは自分のものだけではなくて、すぐそばに腰掛けた彼が落としたものでもあった。
幼い頃のように頭を撫でて、不安げにこちらを見詰める真紅の瞳は、彼女がずっと求めていたものだった。
「氷雨、さま。……ただいま、戻りました」