完璧御曹司の溺愛


 その後、涼子も仕事の為に出かけていった。


 午前中、理央は自室の片付けを全て終わらせてから、昼食を簡単に済ませた。

 そして、家から持ってきた愛用のエプロンをして、カレーの準備に取り掛かる。


 玄関で靴を磨いていた市川を見つけ、後ろから声をかけた。


「すいません、市川さん」


「理央お嬢様、いかがなさいましたか?」


「あの、カレーの材料の買い出しに行きたいんですけど、この辺りにお店はありますか?」


「材料の調達ならば私が行って参りましょう」と、市川が手元の道具の片付けを始めたので、理央は慌てた。


「い、いえ!市川さんもお仕事があるのに、そんなの悪いですから…!」


「年寄りに気遣いは不要ですよ。私は運転が出来ますし効率が良いでしょう?理央お嬢様は引っ越しでお疲れなのでは?少しお休みになられた方が…」と、市川は理央を気遣う。


「いいえ、大丈夫です!私、まだまだ動けますから!」


 この広い屋敷には戸惑うばかりだけど、悠斗と暮らす家だ。

 早く慣れたい。


 理央が意気込むように言うと、市川は口元を緩めた。


「それならば、理央お嬢様は、お野菜の調達をお願いできますか?今から場所をご案内しますので」


「はい、もちろんです。行きつけの八百屋さんでもあるんですか?」


「いいえ、野菜は中庭にあるんですよ。こちらへどうぞ」


「中庭に?」


 年齢を感じさせない程、活き活きとした様子で歩く市川に連れられて中庭を訪れた理央は、そこで、はっと息を飲んだ


 広々とした庭の中に、畑やビニールハウスが所狭しと並んでおり、季節の野菜やフルーツが実っていたからだ。


「す、すごい!これって、市川さんが育ててるんですか!?」


「はい。元は、前奥様の庭園だったのですが、出ていかれてからは廃れるのを見ているだけだったもので…。年寄りの気まぐれで菜園を初めてみたんです。それが、いつの間にやらこんなに広がってしまいまして…」


「こんなに沢山?一人でここまで育てるのは大変ですよね?」


「お休みの日は、若様も手伝ってくださいますから」


「悠斗も?」


「えぇ。市川が作る野菜は美味しいと、それは喜んで頂いて、自分もぜひ手伝いたいとおっしゃって下さるので」


「そうだったの…」


 ここで野菜を作る悠斗…

 悠斗の制服姿とスーツ姿しか見たことのない理央には、泥にまみれて野菜を作る悠斗のそんな一面が、すごく新鮮に思えた。


「実は、ここで野菜作りを始めた当初、採れた野菜があまりに多すぎて廃棄を考えていたのです。ところが若様が養護施設団体へ野菜の無償提供を掛け合って下さって。おかげで、私はこの野菜が無駄にならずに済みましたし、毎月のように子供達から写真や感謝のお手紙が届きますし、それがもう本当に楽しみでして…」


 そう語る、市川はとても幸せそうだった。

 いつも、理央を撫でてくれる、あの温かな手のひらで、沢山の人を幸せにしているのだと思うと、理央の心も幸せな気持ちで満たされていく。


「畑仕事だって、本来なら旦那様の跡継ぎである若様のするお仕事ではないんですが、多忙の中、時間を見つけてはここまで出向いて下さって。この畑が潤うのも、ここの畑の野菜で子供達が幸せな気持ちになるのも、全て若様のおかげなんですよ。若様は本当に賢く、お優しい方なんです」



 どんなに忙しくても、疲れていても、いつも変わらない笑顔をくれる悠斗が恋しい。

 そんな悠斗に、今すぐにでも会いたくなってしまう。


 理央の作るカレーを美味しいと褒めてくれた悠斗。

 また、食べたいと言ってくれた悠斗に、今夜は、ここの野菜を使って、飛び切り美味しいカレーを作ろうと、理央の胸は自然と熱くなった。





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