完璧御曹司の溺愛



「彼の死があまりに呆気なくて、あの時、涙も出なかったよ。本当は悲しくて悔しくて泣き叫びたいのに駄目だった。変わりに残ったのは胸を刺すような後悔だけだ」


 三春は当時の事を思い出しているのか、悲しそうに眉を下げた。

 いつも少し、気怠そうな三春の表情が焼き付いていた理央は、胸が締め付けられる。


「どうしてあの時、素直になれなかったんだろう…。すぐに仲直りしていれば、早く仕事に行けと追い出したりしなければ、彼は死なずに済んだのに。全部、私のせいだと、心の中で何度謝ったか分からない」


「三春ちゃん…」


「今も脳裏に浮かぶ彼の顔は笑顔じゃない。あの朝、玄関ドアを閉める、去り際の哀しそうな顔だ…」


 理央は言葉にならなかった。
  
 三春ちゃんが、婚約者とこんなに悲しい別れ方をしていたなんて…。


「ここで、長い間仕事をしていれば、色んな生徒が保健室を訪ねにくる。恋人との惚気話を聞かされたり、悩み事を相談される時もある。そうやって誰かを想う気持ちが、私は羨ましい。誰かを想って喜び、誰かを想って泣く、それは素晴らしい事だから」


 いつの間にか三春の表情は、いつもよりも穏やかな顔に変わっていた。


「お前も一度きりの人生、後悔だけは残さないようにな。好きな人と一緒に過ごせる今を、何より大切にしなさい」


 三春の長い髪が、屋上を吹き抜ける緩やかな風に揺れている。


 三春ちゃんが、たまにここにサボりに来るのは、もしかして、婚約者さんの事を思い出しに来てるのかも知れないと、理央はふと思った。


 三春ちゃんの中で生きている彼の表情が、一日でも早く笑顔に戻りますように……。



 理央は、三春の優しい笑顔を見て、そう願わずにはいられなかった____






< 150 / 221 >

この作品をシェア

pagetop