完璧御曹司の溺愛
「では、私は失礼致します」
市川は、何やら忙しそうにその場から離れようとする。
「あ、市川さん。どこかへ出かけるんですか?」
「いえ、今から屋敷のお掃除をと思いまして…」
「えっ、こんなに広いお屋敷をお一人で?」
「えぇ。ですが、さすがに一度には出来ませんので、掃除をする時は何日かに分けて作業するんですよ」
「大変ですよね?お部屋の数も多いから…」
「幸いにも年寄りは、時間だけは余っておりますので…」と、市川はニッコリと親しみやすい笑みを浮かべる。
「あの、私にも何か手伝わせてくれませんか?」
「理央お嬢様に屋敷掃除など、とんでもございません!」
途端に市川は血相を変えてしまった。
「なぜですか?」
「理央お嬢様には毎日、お食事の準備をして頂いているのに、その上、掃除など!」
「それは関係ないですよ?私は食事を作るのが好きなので趣味のようなものですから」
「ですが、掃除は別でしょう?本来なら使用人のやるべき雑務です。これは私が…」
「そうおっしゃるなら、畑仕事は?悠斗にも手伝ってもらっているじゃないですか?」
「そ、それとこれとは…」
なかなか食い下がらない理央に、市川の硬かった表情は困ったように緩んでいく。
「お嬢様とか使用人とか関係なく、本人がやりたいかどうかだと思うんです。私は、前の家でも掃除をこなすのが普通の事でしたし、やってもらうというのはどうにも落ち着かなくて…」
「理央お嬢様…」
「今日のような、お休みの日くらいしか手伝えないかもしれませんが私にもやらせて下さい!」
「ありがとうございます。そのお気持ち、とても嬉しいです」
「じゃあっ?」
「はい。では、理央お嬢様には屋敷の窓ふきをお願いしても?」
「分かりました!頑張ります!」
ついに観念した市川に、理央は満足そうな笑顔で頷いた。