未来の約束と過去の願い
俺が小説を好きになった過去は、俺が小さい頃のじいちゃんとの読書時間によって彩られていた。
毎週末、じいちゃんの家に遊びに行き、一緒に本を読んだり、物語を語り合ったりすることが楽しみだった。

ある日、じいちゃんは俺に特別な本をプレゼントしてくれた。
それはじいちゃんが大切にしていると言っていた一冊の小説だった。
プレゼントしてくれたその本の物語を熱心に語り、俺にその世界の魅力を伝えた。
子供ながらに、漫画が良かったなーなんて思ったりもしたが、"じいちゃんが大切にしている一冊の本"というものに惹かれて試しに読んでみたのが、小説が面白いと知ったきっかけだ。

俺はじいちゃんとの読書時間を楽しみながら、小説の世界に夢中になっていったんだと思う。
じいちゃんの優しい声で語られる物語が深い印象を残し、今でも忘れられない。
次第に、小説が俺の生活に欠かせない存在となっていた。
その後も、二人での読書時間は俺の人生において特別なものとなり、俺は小説を通じてじいちゃんとの絆を感じた。
そして、その絆が今の俺の小説への愛着と、成長に大きな影響を与えてくれている。


漫画は、絵で臨場感があり深く入り込めるという良いところがある。
それに、キャラクターの設定や見た目、表情まで描かれていてわかりやすく物語を読めるのだ。
一方、小説は文字だけ。
ただそれが小説の一番の良いところだ。
行動しているシーンも、会話シーンも、全てが文字のみで表現されている。キャラクターも自分で想像することがほとんどだし、表情なんかも自分で想像するしかない。でも、俺はそれが面白いと感じたのだ。
小説は人によって解釈が違うし、考え方も想像しているものも異なる。
短い物語をじいちゃんが読み聞かせてくれた後に、二人でどのようなことを考えたのか語り合っていた。

「陣、さっきの物語を聞いて何を想像した?」
「んー、どういうことか良くわかんない」
「そうだなぁ、まず、女の子が出てきただろう。女の子はどういう見た目をしていると思う?」
「そんなの難しいよ!絵だって描かれてないんだもん」
「じいちゃんはな、この子は長い黒髪で、猫のような顔をしている子だと思うんだよ。そして、おとなしいが怒ると怖い…」
「なんでわかるの?」
あの頃の俺には、ただ文字だけの本を読んで、キャラクターの見た目の話をしているじいちゃんが不思議だった。
今思えば、その女の子の見た目はただのじいちゃんの好みだ。

「小説はな、文字だけで想像するんだよ。自分の好きなようにでいい。それに間違いは絶対にないんだ。そこで、陣はどんな子だと思う?」
「わかんないよ…」
「ははは、陣にはまだ難しかったか!じゃあヒントをあげよう」
じいちゃんは口を大きく開けて笑う。
「ヒント?」
「まず、ここに"風になびく光沢のある髪"と書かれているだろう?光沢っていうのは、艷やかさを表すんだ」
「風でふわふわして、つやつやしてる髪ってこと?」
「そう、じいちゃんはこの文を読んで、ふわふわしてつやつやしてる髪は黒髪だって想像したんだよ」
「ふーん。僕は、金髪だと思う!」
「おぉ!いいじゃないか!」
「へへ。じいちゃんが言ってた、お顔は?」
こうやって俺の興味を引いてくれたじいちゃんの話の仕方は、本を読んでいるだあって上手だった。
じいちゃんの話を聞くのが面白くて、否定せずに褒めてくれるのが嬉しくて、俺はもっと聞きたいと思った。

「顔はなー。…ほら、ここを読んでごらん」
「えっと…"瞳が大きくつり上がった目をしている女だった"…?」
「そうだ。陣は漢字も読めるのか」
「読めるよ!学校で習ったもん!」
「そうかそうか!瞳が大きくてつり上がった目は、猫のようだなとじいちゃんは想像したんだよ」
「俺はねー、つり上がった目だから、キツネかな!髪も金髪だし!」
「じいちゃんは黒髪の猫のような人と考えて、陣は金髪のキツネのような人と考えただろう?違う考えが出来たが、どちらとも正解なんだよ」
「面白いね!」
「だろう!次はこの本を読むか!」
「うん!」

あの頃に、じいちゃんが面白さを教えてくれなかったら、きっと今の俺は居ない。
明るいキツネと黒い猫…真逆の想像をしていても、どちらとも間違いでないこと。

"小説はな、文字だけで想像するんだよ。自分の好きなようにでいい。それに間違いは絶対にないんだ。"
その言葉に込められた意味を、今の俺なら理解できる気がする。
想像するのが楽しくて、それを形にするのも面白い。
それを俺も誰かに伝えることが出来たら、それこそ本の魅力を知っているということになるのではないだろうかと俺は考える。

だから、宗弥が興味を持ってくれて嬉しかった。
本を見せたときに、俺もじいちゃんのように教えたい。

「今度、家に来たときに見せるよ」
「やったー!」
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