あなたを忘れて生きていた

1.再会

 アンブロス子爵家に雇われているフィリアは「多分」今年で20歳になる。侍女たちと同じ黒いワンピースに白いエプロンをつけているものの、彼女の立場は侍女ではなく、ただの小間使いだ。何故なら、彼女の出自は平民で、かつ昔の記憶が欠けている上に、身元を保証する者すらいないからだ。

 だが、彼女は「茶をうまく入れられる」という特技を子爵令嬢のカタリナに見いだされ、時折「今日はあなたがお茶を入れて」と、特別な来客がある日に命じられる。その日も、彼女は午後のティータイムに茶を入れるように依頼をされていた。

 まっすぐで長い茶髪を後ろで一つにくくって、侍女たちと同じ白い帽子の中にまとめて入れている彼女は、左の目元にほくろが1つある。整った顔立ちをしているが青い瞳は少し感情に乏しい。どうやらそれは彼女が記憶を失っていることと関係があるようだったが、カタリナも侍女長も、他の使用人たちも、多くを彼女に問わなかった。

「入れ」

 そう言ってドアを開けたのは、カタリナの護衛騎士であるヴィリーという青年だ。彼にかすかに会釈をして、フィリアは給仕の者たちと共にティールームに入った。

「失礼いたします」

 シルバーのワゴンで茶器を運び、その上でフィリアは茶を出す準備をする。焼き菓子やナッツなどを給仕の者は並べて、そのまま下がっていった。

(今日のお客様は、カタリナお嬢様の婚約者候補の方だとお聞きしたわ)

 カタリナの年齢は18歳。とっくに婚約者がいてもおかしくない年頃だ。だが、父親であるアンブロス子爵は、あまたの求婚者たちを退け、自分で婚約者候補をピックアップした。貴族社会の中で、子爵という肩書きはそう高位ではないが、それを差し引いてもカタリナの美しさは際立っており、多くの者が求婚をする。そこで、アンブロス子爵は「より良い伴侶を」と4,5人の婚約者候補を選んだのだと言う。

 確かに彼女は波打つ豊かな金髪に碧眼、透き通る白い肌に柔らかそうな唇、そして薔薇色の頬。どこの誰が見ても美しいと言える。子爵令嬢とはいえ、公爵ぐらいの肩書きの者からも求婚を受けているという噂もあった。

(それにしても、カタリナお嬢様もお可哀相に。ここ最近毎日毎日、婚約者候補の方々とお会いして……)

 だが、その中でも自分が茶を入れるように言われたのは、今日の来客のみだ。となれば、その来客がカタリナの本命ではないかと思う。
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