あなたを忘れて生きていた
　さあ、では洗濯物を取り込もうか……フィリアがそう思って手を伸ばしたところ、突然今度はまた別の男性の声で名前を呼ばれた。

「フィリア！　ここにいたのか」

　見れば、カタリナの護衛騎士であるヴィリーが走って来る。

「は、はい」

「ちょっと、こちらに来てくれないか」

「えっ……はい……」

　彼は人がいない場所にフィリアを招く。洗濯物を取り込んでないのに……と思いつつ、仕方なくそちらへ行くフィリア。屋敷の建物の裏で、更には茂みに隠れるような場所で、ヴィリーは不思議なことを言い始めた。

「今日、これから君にはランマース家に行ってもらいたい」

「ランマース家……？」

「アンブロス家の傍系で、わたしの家だ」

　話を聞けば、彼はランマース家の次男のようだった。

「これからしばらくは、ランマース家に住み込みで働いてもらいたい。その、住み込みなので、ここでの給金より少し高くなるし、食事も一日に２食出る。なので、今から君の自宅に行って、必要なものを運ぶのを運んでランマース家に行こう」

　そうは言われても。フィリアはきょとんとしてヴィリーを見ていた。自分はアンブロス子爵家に雇われているのだが、傍系だからといって働く場所を突然変えられるものだろうか。それに、住み込みだから給金が高くなるなんて聞いたこともない。一体どういうことか。

「カタリナお嬢様も了解の上だ。行くぞ」

「は、はい……あのっ、洗濯ものを取り込みたいんですが……」

「大丈夫だ。他の使用人がやる」

　そこまで強引に言われれば、従わざるを得ない。そもそも、身元保証人がいない平民である自分が、アンブロス子爵邸で働けていたことが奇跡のようなもの。となれば、そんな風に強引に使われてしまっても仕方がないのかもしれない……なんとなく釈然としなかったが、自分の立場を考えてフィリアはヴィリーについて行くことにした。
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