あなたを忘れて生きていた
「うふふっ! 嬉しいけど、本当にお姉さんは綺麗だったのよ。だから、わたしもいつかそうなりたいって……」

「ええ? 今でも十分綺麗なのに……でも、僕のお嫁さんになったら、すごく綺麗なドレスを着て、沢山の花びらをわあって周りに撒いて、それから、えっと……」

「それから?」

「それから、物凄く、大事にする」

 予想をしていなかった言葉に、フィリアはクッキーをすべて口の中に押し込み、それから少し頬を染めた。その年頃の子供たちは、女の子の方がませているものだ。彼女も漏れなく、彼のその言葉を「冗談だろう」と思いながら、けれど、大事にされるってどういうことなんだろう。それぐらい彼は自分のことが好きなのだろうか、と言葉を一瞬失った。

「フィリア?」

「あっ、う、ううん、あのっ……今はまだ駄目よ。お母さんがいいって言ってくれるまで」

「それはいつ?」

「そうね、そうね、うーんと……」

「フィリアのお母さんがいいっていってくれたら、フィリアは僕のお嫁さんになってくれるってことだな? 本当に?」

 まっすぐな目でアルベルトに見つめられ、フィリアは更に頬を紅潮させた。子供のたわごとだ。どうせその時が来たら彼は忘れているに違いない。フィリアはそう思ったが、こくりと頷いて

「お母さんがいいって言ってくれたら、その、やぶさかではないわ……」

「本当に? じゃあ、僕と婚約をしてくれるかい?」

「婚約? そ、それも早いわ……」

「早くない。全然早くないよ。ね、約束してくれる?」

 フィリアは伏し目がちになり、小さな声で「指輪をちょうだい」と言った。

「そういう約束をするのには、指輪がいるって聞いたもの」

「ええっ……ああ、うん、そうだな、うん……その……僕はまだ、そういうものを買うことが出来ないからな……」

 そう言うと、彼は足元に咲いていた小さな花の茎を折った。それから、茎をぐるりと丸くする。

「これで許してくれないか……?」

 とはいえ、丸くした茎はすぐに伸びてしまい、うまく指輪に出来ない。苦戦をしているアルベルトを見て、フィリアは「うふふ」と可愛らしく笑った。

「不器用なのね。丸くしてから、残った先を絡めるのよ」

「残った先……?」

「貸して」

 そう言ってフィリアは花を彼の手からとると、器用にくるくると茎に茎を絡め、上手に花の指輪を作る。

「じゃあ、これはわたしが作ったからアルベルトにあげるわ」

 そう言ってフィリアはアルベルトの指をわっかに通す。慌ててアルベルトはもう一本手折って、フィリアの真似をして指輪を作る。

「出来た! フィリア、指を出して」

「はい」

 フィリアは小さな手を彼に差し出した。アルベルトは彼女の指に花の指輪をそっとはめて「大きいかな?」と尋ねた。彼がつくった指輪は、確かに少し大きかったけれど、フィリアは笑って

「いいのよ。きっと、この指輪がちょうどよくなる頃、わたしもアルベルトもちょうどいい年齢になるわ」

と言った。
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