あなたを忘れて生きていた

8.目覚め

「あ……わたし……」

「気が付いたか」

 目覚めたフィリアが声の方を向けば、アルベルトが椅子に座っている。そこは、ランマース家で彼女が当てが割れている部屋だった。驚いてフィリアは体を起こすものの、眩暈がして再び横になる。

「無理をするな。どうだ? 頭痛がするんじゃないか?」

「ううん……頭痛はしない……」

 そう呟くフィリア。アデルバートはぴくりと反応をする。

「じゃあ……『僕』のことは、わかるかい……?」

「……」

 フィリアはじっとアデルバートを見る。と、みるみる彼女の両目に涙が湧き上がって来た。

「わたし、どうして忘れていたの? アルベルトのことを忘れるなんて……わたし……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「フィリア……!」

「それだけじゃないわ……みんなことを忘れちゃうなんて……馬鹿だわ。馬鹿なのよ。忘れてしまうことがどれだけ悲しいことか……だけど……」

 耐えられなかったんだと思うの。そう呟くフィリアの手を、アルベルトはぎゅっと握った。

「仕方がない。フィリア。仕方がなかったんだろう……?」

「今ならわかるの。みんなをいなかったことにすることが、それが、どれほど申し訳ないことなのか……でも、でもわたし……!」

 そうしなければ、生きられなかったのだ。いっそのこと、あの時に炎に自分も焼かれてしまっていれば。そうしたら家族と一緒に天国で暮らしていたのかもしれない。そんな風に思う自分を自分自身がどこかで恐れていた。心の中で多くの葛藤が生まれては消えずに溜まっていき、彼女は考えることを放棄するしかなかったのだ。

 今ならばわかる。自分が茶を入れるのがうまかったのは。それは、自分と同じく昔地方貴族の下働きをしていた母親が教えてくれたからだ。自分は、それすら忘れて人々に当たり前の顔をしていた。なんて馬鹿なんだろう。多くの過去を封印しても、自分に都合がいいことは覚えているなんて……ぐるぐると色んなことが頭を廻り、彼女は涙を止めることが出来なかった。
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