あなたを忘れて生きていた
「わたしはフィリアが休みを取っているって聞いていたのよ。お父様はきっと、それから彼女が戻って来なくなって失踪したことにでもするつもりだったのかもね。アデルバート様から、こちらにフィリアが働いているようだってお話をいただいて、どれほど驚いたことか」

「申し訳ございません、お嬢様……!」

「ええ、ええ、本当に。お前は、アデルバート様の御婚約者になんてことをしてくれたのかしら!?」

「え、ええ!?」

 これにはヴィリーも驚きの声をあげる。アルベルトが肩を竦めて

「フィリアにはアンブロス家で働いてもらっていたけれど、この度カトゥール伯爵家に来てもらいたいと思ってな。その件でカタリナ嬢に許可を得ようとしたのだが、どうもフィリアが長期の休みを取ったという話で……とはいえ、なんだかおかしいと思い、調べさせてもらった。それで、わたしが先に彼女に会いに来たのだが……」

 ああ、それでアルベルトが来てくれたのか、とフィリアは思う。彼がもしも自分を探してくれなければ、あの場で自分はどうなっていたのだろうかと、彼女はぞっとして身震いをした。

「そんなわけでね。フィリア。わたしの婚約者として、カトゥール伯爵家に来てくれないか」

「で、でも、わたしはアンブロス子爵に雇われて……」

 それへは、カタリナが言葉を返す。

「あなたを遠くに捨てて来いと、わたしのお父様は言ったのよ。ということは、あなたにはもう戻る場所はないっていうことなの」

 そこまで言われて、ようやくフィリアは理解を出来た。なるほど、当分の間、このランマース家にいて、そこから再度アンブロス子爵邸に戻ろうと思っていたが、そこでフィリアは「いない者」とされるということか……

「そうしないと、次はヴィリーがお父様にどういう目にあわされるかわからないもの」

 そう言って、カタリナは小さくため息をついた。ヴィリーは「いいえ、それは何も。何も問題はありません、お嬢様」と告げる。

「わたしが旦那様に罰せられれば良いだけのことですから……」

「駄目よ。そんなことをしたら、きっとわたしの護衛騎士を解任されてしまうでしょう」

「お嬢様」

「そんなのは嫌……嫌なのよ!」

 そう言ってカタリナはきゅっと下唇を噛んでヴィリーを見る。と、アルベルトはフィリアの手を掴んで「ひとまず、部屋を出よう」と告げた。それは一体どういうことなのか、とフィリアは言おうと思ったが、案外と彼の力は強く、ぐいぐいと引っ張っていく。仕方なく、頭をぺこりと下げてカタリナを見ると、彼女の肩にヴィリーが手をかけ、顔を覗き込んでいる様子が見えた。
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