あなたを忘れて生きていた

10.プロポーズ

「フィリア、庭園でも案内してくれるかな? 歩きながら話そう」

 そう言われれば頷くしかなく、フィリアはランマース家の庭園を案内した。庭園に向かう白い廊下を歩きつつ、つい呟いてしまう。

「ヴィリー様、大丈夫かしら……」

「大丈夫だろう。カタリナ嬢がうまくやってくれるはずだから。あそこは、両思いらしいし」

「え?」

 驚いて足を止めるフィリア。

「でも、えっと、カタリナ様には婚約者候補の方々が……」

「それも、父親である子爵が決めた話だ。カタリナ嬢はとても怒っていただろう? それは、君には申し訳ないが、君の身を危険に晒しそうになったからとかではなくて。ヴィリーがわざわざ君のことを子爵に報告をしたってことを怒っているんだ」

 話がよくわからない、とフィリアは眉を顰める。

「要するに、ヴィリーは僕とカタリナ嬢が婚約することを望んだ、ということだ。自分の気持ちはお構いなしに。それを、カタリナ嬢は怒っているんだよ」

「ああ……そうなのね……でも、ヴィリー様とカタリナお嬢様は……」

「うん。うまくいかないかもしれないけど、何もしてないうちから諦めるのは、カタリナ嬢としては嬉しくないだろう。だから、子爵が候補にあげた婚約者候補たちと、さっさと会って、さっさとうまくいかなかった、ってことにしたくて、毎日会っていたのだと言っていた」

「ああ、なるほど」

 おかしいとは思っていた。婚約者候補とはいえ、一気に数人と連日会うなんて。だが、それはカタリナからすれば、すぐにでも「うまくいかなかった」ことにしたかったからだったのだ。

「その、貴族のことはよくわかっていないけれど、ランマース家はアンブロス家の傍系と言える一家でしょ? そのう、婿入りとか……」

「君は、人のことより自分のことを考えた方がいいと思うが」

「……うん」 

 アルベルトは歩き出す。廊下を抜けて、広がる庭園に足を踏み入れた。そこはあまり大きくなかったけれど、綺麗に整えられたこじんまりした美しい場所だ。

 彼は真正面からフィリアを見つめた。真剣な表情に、フィリアは息を呑む。

「これは、勝手なわたし側の話なのだが……君がご家族を失って、1人になったことを知って、わたしは本当に後悔をしたんだ」

「え?」

「君は、わたしが母を失った時に、ずっと黙って傍にいてくれた。背を叩いて、何も言わずにずっと隣に座っていてくれた。それがどれほどわたしにとっての慰めになったのか、君は知らないだろうが」

 彼の言葉に驚いて、目を見開くフィリア。確かに、彼が言うように、彼にとってどれほどの慰めになっていたのかは、フィリアにはわからない。記憶を辿っても、自分は本当に他に何も出来なかったから、ただ彼の隣にいただけだった。

「だけど、わたしは君が家族を失っても、そんなことを知らずに過ごしていた。わたしがすべてを知ったのは、君があの村からいなくなった後のことだ。わたしは、君に何をしてあげることも出来なかった。何一つ。君はたくさんわたしに与えてくれたのに」

「それは……買いかぶりだわ。わたしは何も出来なかったのよ。だから、あなたの隣にいただけだわ……その上、あなたのことまで忘れてしまっていたなんて、わたしは薄情だわ」

「そんなこと。別にいいだろう。それに、もし君が忘れたままでいても、そのうち振り向かせるつもりだったからな。そうしたら、君はわたしに2度恋をすることになっただろう」

「まあ!」

 彼は自信満々に微笑んだ。
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