あなたを忘れて生きていた
「わたしはね。探しても探しても君を見つけることが出来なくて、気が狂いそうだった。そのおかげで、君を探す反面、どこかで君を忘れようと商売に打ち込んだ。その結果、かなり商売が順調でね……」

 そう言えば。何やら商売の話をカタリナと最初にしていた気がする。貴族の子息だというのに、彼はそういった仕事に熱心なのか、とぼんやりフィリアは思っていたのだが……。

「アンブロス子爵も誤解をしていたが、フィリア、わたしはカトゥール伯爵家の後継者ではないんだ。幼い頃に母を失って、父には後妻が入った。とても良い方でね。2人の間には、子供が3人。ならば、わたしは身を引く方が良いと思ったんだ」

「そうなの?」

「ああ。わたしは貴族ではあるが、伯爵家の後継者ではない。もう、家を出て1人立ちしている。だからフィリア」

 彼はポケットから何かを出した。フィリアはどきどきと高鳴る胸を押さえる。

「わたしと結婚をしてくれないか。結婚式には、美しいドレスを君に用意をする。それから、花を撒いて……それから……」

「それから?」

「本当に、君を、大事にする」

 彼がフィリアに見せたものは、遠い昔に婚約の約束を交わした時の花がモチーフになっている指輪だった。フィリアは「あっ」と言って、彼を見上げる。

「この花……ねぇ、覚えているわ。覚えている。わたし、本当に思い出したわ。わたし、あなたのことが大好きだったの」

「それは過去形か?」

 彼の問いに、フィリアは首を横に振った。

「大好きよ。アルベルト……ううん……アデルバート」

 アデルバートは、大きく目を見開いてから、頬を紅潮させて彼女の手をとった。そして、指輪を彼女の指にはめる。

「ああ……わたしも、君を愛している。ずっと、ずっと、ずっと……初恋を拗らせていてね」

 そう言って、彼は今度はフィリアに許可を取らず、彼女の唇を奪った。突然のことでフィリアは一瞬驚いたが、瞳を閉じて彼に体を委ねる。

 何度も何度もキスをして、フィリアが「もう、いいでしょ」と言ってついに彼の体を引き離そうとした。だが、アデルバートは

「いや、君を探し続けた6年分だ。我慢して受け入れてくれ」

 そう言って、また飽きずに彼女の唇を求める。フィリアは「ちょっと」と彼の胸元を押してそれを止めると

「ね、わたしまだプロポーズのお返事をしていないの」

「……え? まさか、ここまで来て断るつもり?」

「ううん。違うわ」

 フィリアは恥ずかしそうに

「わたしからも、あなたにしたいわ……いいでしょ?」

 と言って、今度は彼女が背伸びをして彼の唇を奪い、微笑んだ。

「わたし、あなたのお嫁さんになりたいわ。アデルバート」

「……ああ、勿論だ……! ありがとう、フィリア!」

 アデルバートは再び彼女を抱きしめた。フィリアは彼の体の腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。

 失っていた記憶が戻って、なんだか心は晴れやかだった。見えているものを見えない振りをして生きていくことはやはり難しい。フィリアは彼の胸元に顔を押し付けて

「ねえ……ユライアの村に行きたいわ」

と告げた。アデルバートは

「ああ、行こう。ユライアの村には墓地が出来ていて、そこに……君の家族の墓石も立っている」

と答えた。

 そうか。彼は、自分が忘れてしまったあの村のこともきちんと調べてくれていたんだ。じんわりと再び涙が溢れて来た。だが、それは、喜びの涙だった。




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