執愛音感~そのメロディは溺愛不可避~
「音響設計士、高階柾樹──音響設計士って何よ?」
あれからかなりの逡巡を経て名刺を手に取った響子が家に帰ったのは、日が暮れる直前だった。
まだあたたかいパウンドケーキの甘い香りが誘う食卓を横目に、名刺の端をつまんでためつすがめつ眺める。
変なものは付着していなかったし、妙な匂いもしない。
普通の名刺だ。
裏面に書いてあるのは携帯番号だった。もちろん連絡などしようとも思わないが。
一応ティッシュを敷いた上に乗せた名刺に書かれているのは、先程も名乗った名前そのものだ。
検索してみれば、企業のホームページがヒットした。
音響設計士、と名刺にある通り、施行実績にはコンサートホールや音大の講堂が多く名を連ねている。音楽関連施設の設計士と理解をしておくことにした。
「え、社長なの」
事業案内のページに飛ぶと、先程までへらへらと笑っていた顔がキッチリしたスーツを着て「代表取締役 高階柾樹」と紹介されている。大真面目に写っているのを見て思わず声が出た。
プロフィールも載っている。年齢は響子より五歳上だ。
最上の音響をお届けするだのといった当たり障りのない企業理念めいたものは飛ばして、ページをスクロールして写真に戻った。
これを撮った時は今日ほど日焼けしていなかったのか、それともレフ板のおかげなのか色白に見える。
チャラついた軽薄さが多少は薄まっているし、何より明るい色の瞳がきりりとした眉の下でよく映える。
音響設計士がメディア露出の多い職業なら、マスコミが放っておかないだろう。
いや、響子が知らないだけでSNSではフォロワー数が物凄いことになっているのかもしれない……と画像投稿アプリに切り替えようと野次馬根性でアイコンをタップしかけて、はたと我に返った。
「いやいやいや、もう関係ないから。二度と会わないし、会いたくない」
それより明日から仕事! と言い聞かせて立ち上がる。
ぐいと唇を手の甲で擦って、禊の代わりにした。
あれからかなりの逡巡を経て名刺を手に取った響子が家に帰ったのは、日が暮れる直前だった。
まだあたたかいパウンドケーキの甘い香りが誘う食卓を横目に、名刺の端をつまんでためつすがめつ眺める。
変なものは付着していなかったし、妙な匂いもしない。
普通の名刺だ。
裏面に書いてあるのは携帯番号だった。もちろん連絡などしようとも思わないが。
一応ティッシュを敷いた上に乗せた名刺に書かれているのは、先程も名乗った名前そのものだ。
検索してみれば、企業のホームページがヒットした。
音響設計士、と名刺にある通り、施行実績にはコンサートホールや音大の講堂が多く名を連ねている。音楽関連施設の設計士と理解をしておくことにした。
「え、社長なの」
事業案内のページに飛ぶと、先程までへらへらと笑っていた顔がキッチリしたスーツを着て「代表取締役 高階柾樹」と紹介されている。大真面目に写っているのを見て思わず声が出た。
プロフィールも載っている。年齢は響子より五歳上だ。
最上の音響をお届けするだのといった当たり障りのない企業理念めいたものは飛ばして、ページをスクロールして写真に戻った。
これを撮った時は今日ほど日焼けしていなかったのか、それともレフ板のおかげなのか色白に見える。
チャラついた軽薄さが多少は薄まっているし、何より明るい色の瞳がきりりとした眉の下でよく映える。
音響設計士がメディア露出の多い職業なら、マスコミが放っておかないだろう。
いや、響子が知らないだけでSNSではフォロワー数が物凄いことになっているのかもしれない……と画像投稿アプリに切り替えようと野次馬根性でアイコンをタップしかけて、はたと我に返った。
「いやいやいや、もう関係ないから。二度と会わないし、会いたくない」
それより明日から仕事! と言い聞かせて立ち上がる。
ぐいと唇を手の甲で擦って、禊の代わりにした。